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「これがフィリミナがしたという予言?」
「はい」
先ほど、フィリミナとお茶会をした。その時に聞いた予言に関する話は疑問に残るものばかり。
マクベスが集めてくれた情報の中にはフィリミナについてもあった。
フィリミナの身分は現在は平民。
クリスティーナ公爵家の妾腹という噂があるけど事実は不明。
フィリミナはその気でいるみたいだけど公爵家側に彼女を受け入れる気はないようだ。その要因の一つとして彼女の言動があげられる。
「平民という立場を武器に傍若無人に振る舞っているようね」
「天真爛漫な女は免疫のない育ちのいい坊ちゃん連中には刺激的で、そこが魅力のようです。令息を味方につけて好き放題。それが原因で婚約破棄になった家も少なくはないようです」
「まともな貴族なら関わり合いになるのは御免でしょうね」
「はい。あの草頭の王子はフィリミナを公爵家の養女にして自分の妃に迎え入れるつもりのようです。マナート殿下側から公爵家側に圧力もかけているようですが」
相手は公爵家。王子と言えど若造相手に負けるはずがない。のらりくらりと躱しているようだ。
「妾腹という証拠はありません」
「ないという証拠もない」
「はい」
「‥…まさに悪魔の証明ね」
仮に見つかったとしても公爵側に養育の義務は発生しない。
せいぜい、教会に預けるぐらいだろう。平民の血が入っている時点で公爵家は継げない。
彼女の予言の内容は彼女を虐めた連中の末路だったり、自分や自分が親しくしている人に不幸が訪れるなど自分に関係することばかり。
予言するときの彼女の様子も何だか思いついたことを行き当たりばったりに口にしている様子が報告書だけでも読み取れる。それを信じろと言われたら私なら鼻で笑ってしまうわね。
「マナート殿下の元婚約者であったエレイン・ペイジー嬢がマナート殿下に断罪されることも予言したとか」
「それは予言というのかしら?マナート殿下と示し合わせればできるはずよ」
「はい。しかし、予言と言われるいくつかには国政に関わるものもあります。きわめて少ないですが。その為、完全に否定することもできないのかと」
マクベスの言うことは分かる。だが、それでも愚かとしか言いようがない。
フィリミナを聖女として崇めるのは勝手だけど、不確定要素の多い彼女の予言を国政に取り入れるなど。しかし、それしか押せるものがないからマナート殿下側の人間は予言で国を栄えさせるなどと法螺を吹いて、フィリミナを認めさせるしかないのだ。
「エレイン・ペイジー嬢を貶めたのは事実。有力貴族の令息を陥落させたのも事実。ただの馬鹿女と侮れば痛い目を見るのはこちらです」
「ええ、分かっているわ。油断をするつもりはない」
事実、フィリミナの周囲には確かに彼女を崇拝する人間が多い。その心の内は分からないけど。
「次にアヘンの件についてです。ガルディアンという闇組織が流通させているようですが教会の上層部も絡んでいるようです」
「人に神の教えを解きながら裏では裏社会と通じているとは、神とは随分俗物なものを使う」
「所詮は人が造り上げた偶像に過ぎません。人を救うのも滅ぼすのもいつだって人であり、神ではありません」
「それもそうね」
「ガルディアンはスラム出身者で構成された組織のようです。貧しさに耐えきれずといったところでしょう」
スラム出身のほとんどが混血で、天族の中でも聖力が使えない欠陥品というレッテルを貼られたものだ。
「フィリミナが言っていたわ。『みんなが幸せになれるお手伝いをしたい』って」
「‥‥‥」
「みんなって誰のことかしらね」
この国は歪だ。そしてどの国よりもはっきりとしている。
差別すべき対象が。
聖女フィリミナ。慈悲深き聖女として民衆の間で言われている。おそらくは彼女の信者たちが流したのだろう。
彼女の慈悲の有効範囲はどこまでなのかと勘繰ってしまう私はきっと慈悲深い聖女のような存在とは縁遠いのだろう。けれど、為政者とはそういうものだ。そうでなければいけない。
心優しい王は国を滅ぼす。
救うべき者、手を差し伸べるべき相手。その優先順位もつけられず、何も捨てられない王は自分の力量も分からないただの傲慢な王だ。そんな王が国を栄えさせたなんて歴史は存在しない。
大概は無能な王として歴史に名を刻まれている。
「明日はノワールと視察だったわね」
「はい」
「裏道も見てみたいわね」
「ノワール陛下がお許しにならないかと」
「‥…誰も彼も過保護ね」
私の言葉にマクベスはなぜか苦笑するだけで何も答えてはくれない。




