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「私たちが子供だと?混血の分際で何様のつもりだ」
「アルセン殿下の側近だからと図に乗るなよ」
「天族の癖に翼もなければ治癒術も使えない半端者が」
「天族の面汚し」
次々に酷いことを彼らは投げかけるけどアシューは笑顔を崩さない。
どのようなことを言われても子供の戯言として聞き流しているようだ。
しかし、アルセン殿下の側近に対しての態度ではないな。彼らは気づいてないのだろう。彼を侮辱することは彼を側近に選んだ殿下に対する侮辱にも繋がるんだけど。
これが天族の純血と混血の間にある差別意識か。
私からしたら自意識過剰なんじゃないかと思うけど。自分のことを至高の存在とか神の遣いだとか恥ずかし気もなくよく言えるなって感じだ。
「国の面汚しがよく言う」
にっこりと笑いながらぞっとするほど低い声がアシューから聞こえた。
さっきまで喚いていた男たちも口を閉ざし、彼を驚いた目で凝視していた。一瞬だけど彼の表情から笑顔が消えた。
彼はずっと張り付けたような笑顔をしていた。笑顔の代名詞かってぐらいに。その彼から笑顔が消えた。何だか見てはいけないようなもの見てしまった気がする。
アシューはへらりと笑った。
さっき吐いた毒舌が聞き間違いなのではないかと思うぐらいいつも通りの彼だ。
「聖女様が今のを聞いたらとても悲しむよ。彼女は誰にでも優しく、慈悲深い。そんな彼女が差別的な発言を容認するとは思えないけど。寧ろ悲しむんじゃないかな」
「それは」
言い淀む男たちは既に最初の勢いを失っていた。
「聖女様を悲しませたくなければ発言には十分気をつけることだ。心の中で何を思っていようと君たちの勝手だけどそれを言葉にしないぐらいの分別はつけて欲しいね。それじゃあ俺たちはこれで失礼するよ。それでは行きましょうか、エレミヤ王女殿下」
「ええ」
彼が手を差し出してくれたので私は彼の手を取り歩き始めた。男たちが私たちを止めることはなかった。
「すみません、お恥ずかしいところを見せてしまって」
「いいえ。卿も大変ですね」
「そうでもないですよ。中身のない言葉が心に響くことはありませんから」
さっきからそうだけど、彼は常に友好的な笑みを顔面に張り付け、相手になよなよした印象を与えるけどかなり辛辣よね。
「ご存知かと思いますが、ここマルクア神聖国では他国の常識からかなり逸脱しています。その為、ご不快な思いをさせることもあると思います」
「ええ、分かっています。私もおおっぴらに事を荒立てたくはありませんので」
「ありがとうございます。聞いていた通り、エレミヤ王女殿下はとても聡明で寛大な方ですね」
聞いていたとおり?
私と彼は初対面だし、天族の知り合いはいない。いったい誰に私のことを聞いたのだろう。
「私のことをご存知なのですか?」
「ええ。ある人から教えていただきました。ああ、もうお部屋についてしまいましたね。名残惜しいですが俺はこの辺で失礼します」
一礼してアシューは去って行った。
私の部屋に近づいてから話題を振った。そのくせ誰に聞いたかは明らかにしない。
謎の多い男ね。
「暫く部屋で休むからみんなも下がっていていいわ」
私は部屋で一人、行儀が悪いがソファーに寝転がった。




