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私は今、天族について学ぶために王城の図書室に居た。護衛や侍女は図書室の入り口で待機してもらい、一人で中を見て回っている。
「なにさがしてるの?」
一人にしてくれと頼んだ時に中に誰もいないことは確認してもらっていた。けれど、六歳ぐらいの女の子がいた。
ウサギのぬいぐるみを抱いているその子はモスグリーンの髪に琥珀の瞳をしている。
王族の関係者だろうか。
これぐらい小さいからきっとどこかに隠れていたのだろう。
「天族に関する本を探しています」
マルクア神聖国の王族にこんな小さい子がいるというのは知らなかった。先に潜入させていたマクベスからもそんな報告はない。まぁ、子供のことまで気にかけてはいないだろうから報告内容に入っていなかっただけかもしれない。或いは何らかの事情により秘匿された王族。
病弱だったり身体的もしくは精神的に問題のある子供、出生に問題のある子供が秘匿されることは珍しいことではない。
それでも殺されることなく生かされているのはどこかで使うことになるかもしれないからだ。
王族なら人質として使われる。
「初めまして。私はテレイシア王国第三王女、エレミヤ・クルスナーです。今回はエルヘイム帝国皇帝、ノワール陛下の婚約者としてマルクア神聖国のご招待を受けました」
「そう。わたしはサーシャ」
「サーシャ様はお一人ですか?侍女や護衛の方はいらっしゃらないんですか?」
見える範囲にはいない。
通常ならこんな子供の王族を城内とはいえ一人で歩かせることはあり得ない。
「いない」
職務怠慢ではないのか。
「いつもひとり。わたしは けっかんひんだから」
「欠陥品?」
私が聞き返すとサーシャは何でもないことのように言う。
「てんぞくなのに、ちゆじゅつがつかえない」
聞いたことがある。
白き翼で宙を舞い、聖力という特殊な力で人々を癒す天族。
彼らは自分たちこそが至高の存在だと考えている。
特にマルクア神聖国ではそれが顕著だ。
だから差別が存在する。天族のみで婚姻を繰り返し、その血に一点の穢れもない純血と天族以外の血が混じっている混血との間に存在する。
王族は純血。近親婚を繰り返した結果、弊害として稀に治癒術が使えない子供が生まれるらしい。
混血にもそういう子供が存在する。天族ではない者の血が入っているのだからおかしな話ではない。
天族の血が入っていながら治癒術が使えない人たちに対する風当たりが強く、彼らは底辺の人間として扱われる。王族ならばいない者として扱われるのだ。
日の光を浴びたことがないような白い肌は決して健康的には見えない。
この子はやはり秘匿された存在なのだろう。
他国の者である私が口に出せることではないのでこの子に対して何かしてあげられることはない。
「そうですか。可愛らしいウサギさんですね。どなたかからの贈り物ですか?」
「うん。ザガリア」
「ザガリア様?」
「こんやくしゃ」
秘匿された王族でも婚約者がいるのならまだマシな方か。完璧にその存在を消されているわけではない。王族として扱われているかは微妙だけど。
「その方はお優しいですか?」
「うん。やさしい。いっしょにいてたのしい」
「そうですか。それは良かったです」
少し話してからサーシャは「もうもどらないと」と言って私に背を向けた。
送ると言ったのだけど秘密の通路を使うから大丈夫と言って走って行ってしまった。
たぶん、王族だけが使える隠し通路だろう。なら私が知ってしまうのはまずいわね。




