157.ジェイ視点
私の名前はジェイ。ノワール陛下の側近を務めている。現在は間者としてマルクア神聖国に滞在しているセルムから近況報告を受けていた。
「第一王子は今回、こちらが招待を受けたことを知らなかったのですね」
『そうみたい。可哀そうに、青ざめてたよ』
全く可哀そうだと思っていない顔で『可哀そう』だと言う。何年経ってもこの男は変わらない。
親切そうな印象を与え、常に笑顔を絶やさないこの男が腹の中で何を考えているのか、彼とは長い付き合いだがそれでも分からない。
ノワール陛下ならもしかしたら分かっているのかもしれない。この人好きのする笑みを浮かべた獣を手なずけたぐらいなのだから。
『俺も早く帝国に帰りたいな。ノワール陛下の婚約者ちゃん、見てみたい。可愛い子なんでしょ』
「セルム、エレミヤ様に手を出せばあなたでもノワール陛下は容赦しませんよ」
私の言葉にセルムは驚いたように目を見開く。
『へぇ~。意外だな。そこまでぞっこんなんだ。ますます興味が湧くよ』
一抹の不安はあるが、引き際を弁えている男だ。エレミヤ様に実際会って、多少のちょっかいはかけても怒りに触れるようなことはしないだろう。
『俺、この国にこれ以上長くいたくないんだよねぇ。ここはさぁ、ちょっと前の帝国みたいだ。何て言うの?クソの溜まり場みたいな』
へらりと笑って言うがその目には怒りや悲しみの表情が現れている。
『綺麗なのは表面だけ。ゴミはゴミ箱に捨てて、それで臭わないように、自分たちの目に触れないように蓋をして誤魔化して生きてる。捨てられたゴミの気持ちなんて誰も考えもしない。それなのに聖力って不思議な力で人々の怪我を癒す自分たちの存在を至上の存在だと考えている。反吐が出るよ』
「珍しいな。お前がそんなにべらべら喋るなんて」
『そうでもないよ、俺は基本的にお喋り好きだから』
そう答えたセルムはいつもの彼に戻っていた。へらりと笑って心の中にあるドロドロで汚い感情を抑え込んでいるように見える。
彼の境遇を考えれば当然かもしれない。
先代皇帝とその娘の間に生まれた子供がセルムだ。先代皇帝は自分の娘にも手を出していたのだ。その弊害でセルムは先天性の魔力欠乏症を持って生まれた。
魔族にとって魔力は生命エネルギーと同じだ。だからセルムは十歳までは生きられない子供だった。
だからセルムは先代皇帝に要らないゴミとしてスラムに捨てられた。
けれど、セルムの母は諦めなかった。
ケビンに魔力欠乏症でも生きられるような薬を開発してくれと懇願した。
セルムの母の母、セルムにとっては祖母になるが。彼女はケビンの姉だったのだ。
ケビンは依頼を受けて何とか魔力欠乏症を研究し薬の開発に成功した。完治することは無理だが、薬があれば普通に生きられるようになった。その薬は今でも多くの魔力欠乏症の患者を救っている。
薬が完成した日、セルムの母は死んだ。酒に酔った先代皇帝の暴力によって。
薬はケビンの手によってセルムに届けられた。
「ノワール陛下は今回の招待を受けるつもりのようです。帰国と同時にあなたを回収すると仰っていました」
『了解。じゃあ、もうちょっと頑張るよ』
へらりと笑ってセルムは通信を切った。




