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「帝国のノワール皇帝陛下からマルクア神聖国に対して抗議が来ています」
茶色の髪に緑色の目をした褐色の肌の男が抗議文を持ってきた。
彼はマルクア神聖国の枢機卿、アシュー。
そして私はアルセン。マルクア神聖国の第一王子だ。病弱な為、次期国王になるのは無理だと周囲から囁かれている。
「お疲れの様ですね」
アシューの能天気な声を聞いてもため息しか出ない。彼に八つ当たりをしても仕方のないことだと何とか湧き上がる怒りを抑え込む。
「エルヘイム帝国だけではない」
「そのようで」
アシューは私の机の上に積み重なった抗議文を一枚、親指と人差し指でつまんで持ち上げる。中身をさらりと読んでも彼はへらりと笑ったような表情は変えない。
「ある意味、天才ですね。彼女は。いや、彼女たちは、ですか?」
わざと言い換えたのはそこに私の弟であるマナートも含んでの嫌味だろう。
「行く先々で問題を起こしてくるんですから。初仕事、初の外交だからという言い訳はそろそろ厳しいと思いますよ」
エスイル国での外交ではフィリミナが王女と王子に気安く触れブラッド国王の怒りに触れた。
当然だ。マルクア神聖国ではフィリミナは聖女として敬われているが彼女は平民。他国では通じない。
本来なら外交に行かせるべき立場の者ではないのだ。それを教会が自分たちの権威を示す為に無理やり同行させたのだ。
彼らは王族ですら容易く意見できないほどの権威を持っている。そろそろ削がなければ何れは彼らが王族に取って代わるだろう。
いや、もうすでに代わった気でいるかもしれないな。彼らは。
「帝国ではフィリミナ様が何度もエレミヤ王女殿下と揉めていますね。あたかも自分と対等な立場であるかのように振る舞ったとか。それがどうも彼女の国にも伝わっているみたいですね。スーリヤ女王から嫌みたっぷりの抗議文が届いてます」
アシューは他人事のように面白そうに抗議文を読んでいく。
「よくもまぁここまで問題が起こせるものだ」と感心すらしている。
その抗議に追われている私はその頬を引っ張叩きたくなった。
「マナート殿下も他国で女性絡みで揉めていますね。王子と言う立場を使って無理やり手籠めにしようとしたとか。あれ?でも、マナート殿下ってフィリミナ様のことが好きだったんじゃないんですか?」
顎に人差し指を当ててマシューは首を傾ける。
男にこんな言葉を使うのは正直どうかと思うが、顔が整っているのでかなりあざとく見える。
「フィリミナ様を婚約者にする為にエレイン・ペイジー公爵令嬢との婚約を破棄して冤罪をでっち上げ、国外追放したんでしょう。おかげで、公爵家が一つ潰れました」
アシューは簡単に言うが当時はかなり大騒ぎだった。下級貴族ならともかく上級貴族、それも王族の次に高位な公爵家の没落は国としてはかなりの損失になる。
それも落ち目の家ではなく、王族の婚約者になれるぐらい優秀で権威を振るっていた家が一晩でなくなるのだ。
彼らの領地を管理する者やまたそのお金はどうするのかなど、かなり混乱した。そしてその混乱は未だ落ち着いてはいない。
公爵を慕っていた貴族の心は王族から離れて行き、王族に近づくのは媚を売ることしか能のない輩ばかりになった。そういう輩の手によってマナートとフィリミナは更に増長した。
その結果が他国からの山積みの抗議文だ。
「別腹なんだろ」
「そんなもんですかね。なんだか、ペイジー公爵令嬢が浮かばれませんね。ああ、そうだ。面白い話を宰相から聞きました」
「何だ?」
「エルヘイム帝国の皇帝とその婚約者をマルクア神聖国に招待するとか?」
「は?」
招待する理由などないが。
アヘンのことで疑われ(実際、我が国の者が関わっているのは明白だが)、今回の外交でも揉めたのに国に招待?正気の沙汰とは思えない。
あそこは大国だ。ノワール陛下の治世になってからはマシになったが先代の皇帝陛下の時は戦争ばかりを繰り返していた。巨大な軍事力を持つ国で誰もが警戒をしている国なのに。
「エルヘイム帝国は最近、医療の共同開発を始めたようなので、それが成功すれば天族の需要がかなり減りますね。マルクア神聖国って天族の聖力でかなり儲けていますし。かなり痛いですよね。そういうのを探りたいのかも。後は何だろう?良しなにしたいとかかな?」
儲けてるって。まるで悪徳商法のように言うな。実際、儲かっているが。
「宰相を説得してくる」
抗議文の対処よりもまずはそれが先だと立ち上がった私にアシューがとどめを刺す。
「招待状はもう送っちゃってるんで無理ですよ」
「‥‥‥最悪だ」
「ですねぇ」
最初から最後までアシューはへらりと笑った顔で能天気な声で言った。




