151.ミリ視点
「ねぇねぇ、あなた達知ってた?」
私の名前はミリ。リーゼロッテ皇女殿下の侍女をしている。
部屋の隅で待機していた私を含め数人の侍女たちにリーゼロッテ皇女殿下が話しかけてきた。
相手にするのは面倒だけど地位だけは高いから機嫌を損ねるのは問題がある。
まぁ、あそこまで問題を起こしてしかも皇帝陛下に用なしの烙印を押された上で地図に載っているかも怪しいような島国に嫁がされる皇女なのだから今更私たちが無礼を働いたところで問題はないと思う。
ただ世の中、何が起こるか分からないから私は取り合えず表面上は好意的な態度で接することにしている。
他のメンバーもそうだ。
普通の令嬢ならまだしも、リーゼロッテ皇女殿下はこれで十分騙されてくれる。良かった。馬鹿な主人で。
「何をでしょう?」
「フィリミナ様、公の場でエレミヤ様に無視されたんだって。酷いよね。最初に会った時はあの猫かぶりに騙されちゃった。優しい人だと思ったのにな」
悲し気に眉尻を下げるリーゼロッテ皇女殿下。
私も他の侍女も何も言えない。言えるはずがない。
私たちはただの侍女だ。リーゼロッテ皇女殿下の発言を肯定すれば不敬罪になる。否定したところで皇族に歯向かうことになるのでこちらも下手したら不敬罪だ。
「ねぇ、酷いと思わない?裏切られた気分だわ」
そう言ってリーゼロッテ皇女殿下がすっと立ち上がった。
「どちらへ行かれるのですか?」
「エレミヤ様に抗議してくる」
「お部屋からは出られませんよ。今は謹慎処分中ですし。何よりもお部屋の外には騎士たちがいます。彼らは陛下の命令で皇女殿下を出さないように監視しています」
「お兄様じゃなくってエレミヤ様が命じてるんでしょ。本当は。それぐらい私だって知ってるよ。本当に性格悪いよね。あんな人だと思わなかった。私、エレミヤ様のこと可哀そうだと思ってたのに」
「可哀そう?」
いくら婚約者でも他国の王女が帝国の騎士に命じられるわけがない。仮に命じたとして、それは越権行為になる。そんなことも分からないなんて。あんたの頭の方が可哀そうなんじゃないの?
それに‥…。
私は遠目からしかエレミヤ様のことを見たことがない。本人と言葉を交わしたこともないから実際にどういう人か分からない。
儚げな容姿をしていた。
でも、あれは絶対に『可哀そう』で終わる女ではないだろう。女の勘がそう言っている。
「前の旦那さんに捨てられたんでしょう。可哀そうじゃない。だから私仲良くしてあげようって、慰めてあげようって思ってたのよ。でも今なら分かるわ。どうしてエレミヤ様が捨てられたのか。あんなに性格が悪かったら捨てられるのは当然よ」
「‥…」
私は保身の為に無言を貫くことを選んだ。
否定をすることも事実を言うこともできる。ただ皇女殿下は納得しないだろうし、余計な情報を与えるとそれを婉曲して捉える可能性だってある。そうなると当然、その火は情報提供者に飛んでくるのだ。
ちらりと他の侍女に目配せると彼女たちは顔を青ざめさせながら頷く。意図が伝わったようで私同様、無言を通した。
「私がここを出られないのなら仕方がないわ。エレミヤ様を呼んで頂戴」
「しかし」
あまり会わせない方が良い気がする。エレミヤ様だって会いたくないだろうし、お伺いを立てたところで断られるか無視されるかのどっちかだろう。
さて、何と言って諦めてもらうか。
良い言葉が思いつかない。ここはもう、玉砕覚悟で一度は行動した方が後々楽かな?このまま拗ねられても困るし。
「畏まりました」
ああ、本当に面倒くさい。




