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「フィリミナ様、大丈夫でしょうか。急にリーゼロッテ皇女殿下を訪ねたりなんかして。リーゼロッテ皇女殿下とは確かに気が合うようですが、それ以外の帝国の方たちにはあまり好意的には見られていないような気がしますわ」
私は仕事をする侍女仲間の中に紛れながらわざとそんな言葉を漏らしてみる。するとフィリミナの部屋のテーブルを拭いていた侍女が口元に嘲笑を浮かべた。
「それはそうでしょう。あんな勘違い平民と帝国の貴族方がつりあうはずがないもの」
「予言ができるって当時は大騒ぎだったけどここ最近は全くよね」
「実はその力が失われたんじゃないかって教会の方では言われているらしいの。でも教会もそんなこと公にはできないわよね」
青い髪の三つ編みの侍女、オーレリアが声を潜めながら言う。それに癖の強い桃色の髪にグレーの瞳をした低身長の侍女、オルテンシアが声を潜めて追随する。
「私も聞いたことがあるわ。フィリミナ様のおかげで教会の信者が増えたし、寄付金も増えたから彼女をそのまま祭り上げて甘い蜜を吸い続けるつもりなんじゃないかって王宮でお偉い方が話しているのを聞いたわ」
随分と面白い話をしている。しかし、国の内情を他国で話すなんて。いくらこの部屋に帝国の人間がいないからってどこで誰が聞いているかも分からないのに(私のように)。躾がなっていないわね。彼女たちが私の侍女だったら即刻クビにしているわね。
「ええ、じゃなに!私たちはずっとあの勘違いバカ娘に媚びへつらわないといけないの?私たちは貴族の娘よ。オーレリアと私は男爵家、オルテンシアは伯爵家。私たちは確かに下位貴族だけど、だからって平民に顎で使われるような存在ではないのよ!冗談じゃないわ」
目くじらを立てて不満を言うのはユーリ。ココア色の髪と目が特徴の少女だ。
みんながみんな聖女フィリミナを崇めているわけではないようだ。それもそうね。嫌う人間もいれば好いてくれる人間もいる。万人に愛される人間などいなし、仮にいたとしてもそいつは信用できない。
だって万人に好かれるということは人によって態度を変えているということだからだ。そこに本心は存在しない。
◇◇◇
「フィリミナ様は素晴らしい方ね。平民と馬鹿にする人もいるけど、そんな人の気が知れないわ」
「本当よ。平民でも帝国の皇女に気に入られているし。十分、貴族としてもやっていけるわ」
「そんな素晴らしい方をどうしてクリスティーナ公爵家はさっさと養女に迎えないのかしら。半分とはいえ自分の血の繋がったこの世でたった一人の娘なのに」
「本当、理解できないわよね」
別の場所では私が誘導しなくてもフィリミナの話をしていた。彼女たちは先ほどの侍女たちと違ってフィリミナをベタ褒めだ。
こちらは完全にフィリミナ信奉者。ここは侍女の中で二分されているからまだいい。でもこれが国でもそうならマルクア神聖国は今、岐路に立っている。
もし政治に深く関わる貴族たちも侍女たちのようにフィリミナ肯定派と否定派に分かれていたら。たった一人の平民の娘が国を二分して内乱の火種となっていることになる。
でも、それが事実ならあの草頭‥…マナート殿下の態度が解せない。とてもじゃないけど、マルクア神聖国が二分するかもしれないという危機感が感じられない。
馬鹿だから何も気づいていない?
馬鹿だから理解できていないだけ?
‥‥‥分からないわね。
マクベスは転移魔法が使えないからハクにお願いしてマルクア神聖国の実情について調べてもらおう。




