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「オルソン殿下、ここでの暮らしはどうですか?何か不便なことはありませんか?」
本来なら婚約者であるリーゼロッテがしなければならないことだけど彼女にそんな能力はない。
その為、お茶会やパーティーに招待して彼に確認を取っている。
もちろん、気づいたことがあればすぐに対応している。
他国での滞在はなかなか気が休まらないことも多いので少しでも安らげるように気を回さないといけないのだ。
「気を遣ってくださり、ありがとうございます。エレミヤ殿下」
彼は今日も一人でパーティーに参加している。本来ならリーゼロッテも一緒に参加して婚約の根回しというか帝国を離れるあいさつ回りをしないといけないのだけど。
「オルソン殿下、毎回お一人で参加させるようなことになってしまい申し訳ございません」
私が謝るとオルソンは苦笑した。
「彼女がどういう子かは分かっています。予めノワール陛下から聞いてましたし、こちらでも事前に調査をしているので気にしていません」
問題のある子だと分かっていて引き取るのでこれぐらいの無礼は目を瞑ると言ってくれているのだ。まぁ、それぐらいで目くじらを立てるタイプだったらリーゼロッテを引きとれないだろうね。
「エレミヤ」
振り向こうとした私をノワールが後ろから抱きしめた。それだけで貴族令嬢から黄色い歓声が出て、ハート乱舞が会場の天井を埋め尽くした。
「たまには俺のことも思い出して構ってくれると嬉しいんだが」
「っ。ノ、ノワール。人前で抱き着かないで」
「何で?」
「恥ずかしいから」
こういう触れ合いは慣れない。人前だと特に。それに相手がノワールだとなぜか心臓の鼓動が早くなるし体も頬も熱くなるのだ。
「仲がよろしいですね」
ノワールは私を抱きしめたままオルソンに肯定の返事をした。ノワールはどうしてこうも恥ずかし気もなく返事ができるのだろう。
私もできるようになれなくてはいけないのだろうか。
「貴殿の奥方はどのような方なのか聞いても?」
「ええ、構いませんよ。三人とも気が強く、逞しいですね。三人とも幼馴染なので気心知れた仲で何でも言いたい放題です。だから喧嘩なんてしょっちゅうです」
「どういうことですか!」
会話をぶった切る金切り声にため息が出そうになる。
「リーゼロッテ、来ていたのならオルソン殿と会場のあいさつ回りをして来い。いつまでも子供のように遊びまわっていたら困る」
ノワールの指摘を無視してリーゼロッテはオルソンに詰め寄る。
「あなた、私の婚約者になる為にここに来たって言ってたじゃない。それなのに、妻が三人ってどういうことよ!浮気じゃないっ!」
リーゼロッテは声が大きい。彼女の声は会場にいた貴族たちに筒抜けだ。
他国から招いた貴族たちは既にリーゼロッテの奇行に慣れているのかもう驚くことはしない。その代わり忍び笑いが耳に入って来る。
リーゼロッテは馬鹿がバレるから口を閉じた方が良いと思う。
「あの方、本当に何も知らないんですね」
「仕方がありませんわ。彼女のお母様は元は小国の王女。それなのに気位ばかりが高く、帝国貴族と一切関わろうとはしなかったとか。そんな方の娘ですもの。きっと碌な教育を受けていないのですわ」
「彼女の奇行を見ていると野生児のようですわよね」
「オルソン殿下もよくあんな方を妻にすることを承諾したわね」
「さすがは皇帝陛下に要らないものとして嫁がされるだけはある」
「なかなか面白い娘じゃないか。見る分にはだが」
「ああ。関わるのは御免だが」
なんて言葉が聞こえてくるが怒り心頭のリーゼロッテの耳には入っていないようだ。本当に都合の良いことしか聞こえないのね、その耳。
「俺の国は一夫多妻制です。なので浮気じゃありません」
「私は嫌よ。私は私だけを愛してくれる人の元に嫁ぎたいの」
その言葉に貴族たちの笑いが増える。
貴族は政略結婚が当たり前。結婚はビジネス。夫は仕事上のパートナー。恋人は愛する人。それが常識だ。
「まるで平民だな」と言う言葉がそこかしこで聞こえてくる。




