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「ルイーゼ様、ロゴス様。料理はお口に合いますか?」
「エレミヤ殿下。ええ、故郷の料理とはまた違っていてとても興味深いわ」
「ああ。国に帰っても食べたいぐらいだ」
「それは良かったです。お気に召したのでしたら後でレシピをお渡しします」
「まぁ。よろしいのですか?」
「はい。ただ、帝国でしか手に入らない食材もございますのでそちらは輸入していただかなくてはなりませんが」
私がそう言うとルイーゼはからからと笑う。
「抜け目がありませんね。いいわ、お願いします」
「はい」
連日連夜の社交はさすがに疲れる。
私は今、ルイーゼとロゴスをもてなしていた。フィリップ王子の件は今後の為にお互い水に流しましょうと言う意味も込めている。
私は特に迷惑を被ったということはないし、ノワールがそれで良いというのなら否を言う理由もないのでブリティアの謝罪を受け入れた。
序にさり気なく帝国の特産品を売りつければ医療の共同開発以外でもこの国と繋がりが持て、経済も回るのだ。
共同開発のことがなくても最年少で医者になったルイーゼの話は私にはとても興味深いものだった。
「何のお話をされているんですか?」
私たちが談笑しているとリーゼロッテがフィリミナを連れてやって来た。
フィリミナに招待状を出してはいないけど、招待された人の連れだったらパーティーに参加はできる。しかし、その場合は何かあった場合連れの人が全ての責任を負うことになる。その為、決して目を放していけないのだ。
でもフィリミナの傍に居るのはリーゼロッテだけ。
フィリミナをパーティーに連れ歩くのは神聖国の王太子マナートかパーティーで知り合い誑かされた誰かになるだろう。
あの草頭王子、自分の国の聖女ぐらいしっかり管理して欲しいわね。
それに。
「リーゼロッテ様、オルソン殿下はどうなさったんですか?確か、今日はお二人で参加される予定だったはず」
私が指摘するとリーゼロッテは明らかに不機嫌になった。
「私が決めた予定ではないわ」
「だからと言ってすっぽかしていいはずがありません。オルソン殿下にも失礼でしょう」
「エレミヤ様こそ失礼だわ。私のことが気に入らないからって帝国から追い出すだなんて」
何を言っているの。
一体今度は何をどんなふうに歪曲したのよ。どうしてこうも上手く伝わらないのかしら。
隣にいるフィリミナに視線を向けると彼女は「何か?」と言いたげに首をこてんと傾けた。
変なことを吹き込んだ可能性があるわね。
問題はそれが意図的か無意識か。
嫌なコンビがタッグを組んだわね。
出そうになるため息を他国の貴人の前だということでぐっと飲みこんだ。
「あなたとオルソン殿下の婚約を決めたのはノワール陛下です。私には何の決定権もありません」
「嘘よ!お兄様を誑かしたんでしょう。フィリップ王子を誑かしたみたいに」
ルイーゼとロゴスは冷ややかな目でリーゼロッテを見る。
人目のある場所で他国を貶めるような発言をするリーゼロッテは気づいていない。それを言うことで貶めるだけではなく相手の国を馬鹿にしていることに。
そこまでの無礼を働いても大国である帝国には何もできないだろうという意思表示になるのだ。
ブリティアは確かに帝国に比べれば小さな国だ。けれど医療が一番発達している国でもある。
ブリティア出身の医者や、ブリティアで医療を学んだ医者も多い。
そこを敵に回すということは医療従事者を敵に回すこと。帝国の生命線を切るに等しい行いなのだ。
「黙りなさい」
私はこれ以上リーゼロッテが余計なことを言わないように彼女の頬を掴んだ。頬を掴まれた彼女の口はすぼめられ、言葉が上手く発せられない状態になった。
「皇族に生まれたのなら他国の者との政略結婚など当たり前。あなただけではないわ。私も、他国の王族もそうよ。結婚式で初めて会って夫婦になることだってあるの。あなたも皇族なら、皇族であることを誇りに思っているのなら黙って務めを果たせ」
私が放つ殺気が恐ろしかったのかリーゼロッテは失禁してしまった。
騒ぎに気づき、こちらをちらちら見ていた貴族たちは失禁したリーゼロッテを失笑する。令嬢の中には扇で口元を隠しながら汚物を見るような目で見ている人もいた。
「エレミヤ様、弱い者いじめはお止めください」
そう言ってさっきまで傍観していたフィリミナがそっとリーゼロッテの頬を掴んでいる私の手に触れる。
彼女もリーゼロッテと同じで学ぶことを知らない。
「許可もなく私に触れ、名前を呼ぶなと以前申し上げましたが。その頭は飾りですか?」
「っ。そのような意地悪ばかり仰ると心まで醜くなりますわよ」
傷ついた顔をしながらも精一杯頑張って言いましたという姿でフィリミナが歯向かう。子ウサギのようにプルプルと体を震わせる姿に庇護欲をそそる男性もいるのだろうけど女の私から見たらあざといだけだ。
「『心まで』ということはフィリミナ様は私の容姿も醜いと思ってるのね。酷いわ」
私はリーゼロッテを放してフィリミナを見る。リーゼロッテは失禁した場所にべちゃりと座りこむ。
フィリミナは「そのようなことは」と必死に弁明しようとする。私はそんな彼女に畳みかける。
「あら、でもそう思ってるから出たんじゃないですか。確かにあなたは可愛らしい容姿をしていますものね。それに何度注意しても私に対する態度を改めないのは私を王族と認めていないという意思表示ですよね」
「いいえ、私は、その平民で、こういうことに慣れていなくて」
どういう意図があっての態度なのかは問題ではない。
注意をされながらも気安く私の名前を呼び、自分から話しかけたり触れたりする行為は自分と同格だと思っているからと純粋にとれる行いなのだ。
貴族社会に入るのなら貴族社会のルールに従わなければならない。それができないのは貴族を馬鹿にしているからだと言っているようなもの。どのような態度をとろうと決して自分は罰せられないのだと高を括ってる証拠にもなる。
「慣れていないのは事実でしょうね。あなたは平民で、このような場に出る機会など今までなかったのだから。けれど、だからこそ最初は注意だけですませたのよ。本当なら不敬罪で罰せられることだったけど」
私は初めて彼女と会った庭でのことを持ち出した。自分は最初、許したのだということを明確にすることで寛容な態度を示したにも関わらず、フィリミナは態度を改めなかったバカ娘という構図ができるのだ。
この場においてフィリミナは完全な悪役的立場になった。
「神聖国では聖女は高い地位にいるのかもしれません。教会の権威にあなたはずっと守られてきたのでしょうね。でもここは帝国。神聖国ではないのよ。神聖国と同じように振る舞ってもらっては困るわ。勘違いをなさらないでね。帝国が呼んだのはマナート王太子殿下であって、あなたではないの。あなたは王太子殿下の付き添いでしかないのよ。このパーティーにも正式に招待したわけではないわ」
他愛ない。
フィリミナはこの場において教会の権威を笠に着て好き勝手に振る舞う傲慢女だと認識された。
だけどフィリミナはそのことに気づく余裕はないようだ。
序にマナート殿下の信用も失墜まではいかなくても傷をつけることができた。フィリミナが何かをする度に彼女を連れて来たマナートの管理不足として彼は自身の信用に傷をつけることになる。
神聖国はアヘンの件でだいぶお世話になったし、テレイシアとしても帝国としても弱体化を狙っている。教会の権威を利用して好き勝手をし過ぎるのだ。あの国は。何かにつけて天族の持つ治癒力を持ち出して我儘を通そうとして困っている国も少なくはない。
「そう言えば、今日は誰に連れられて来たのかしら?殿下は見当たらないようだけど」
「リーゼロッテ皇女殿下に」
「そう。では一緒に帰りなさい。リーゼロッテ様もこのようななりでは参加を続けることは不可能でしょう」
「はい」
私は使用人に命じて二人を下がらせた。
ルイーゼ、ロゴスや他の招待客には騒ぎの件について謝罪をして終了となった。
オルソンはリーゼロッテが先に行ってしまったので一人で参加し、騒ぎが起きた時は遠巻きに見ていたようだ。下手に口を挟むとややこしくなると思ったからだ。
実際、リーゼロッテの性格を考えるとそうなっていただろう。




