132.リーゼロッテ視点
「‥…婚約者?この方が?」
今日はお兄様に朝から執務室に呼ばれて私はるんるん気分でおめかしをした。一番お気に入りの可愛いドレスを着て、髪の毛の手入れも念入りにしてもらって、お化粧もばっちり決めて執務室に行った。
そこにはもっさりとした獅子色の髪に琥珀の瞳をした男がいた。
彼はオルソン・ジュリア。ネメア島の王子で私の婚約者だと言う。
酷い、お兄様。
私は故郷である帝国を離れたくないのに。それにネメア島なんて聞いたことがないわ。
「ネメア島ってどこにあるの?」
「それぐらい勉強しろ」
ため息交じりに言われて私はかぁっと頬を赤くした。お兄様に馬鹿にされたみたいで恥ずかしかったからだ。
でも優しいお兄様は地図で示してくれた。
「島国だから自然豊かな場所だ」
地図で見ると帝国と比べるまでもなく小さな国だった。そんな国、知らなくて当然だ。お兄様ったら知ってて当然みたいな顔をしていたけど私をからかったんだわ。
でも、どうして私がこんな小さな国に行かないといけないの。
「いや。私は帝国を離れたくない。お兄様も知り合いもいない国で王妃なんてできないわ」
「何を言っている」
お兄様は呆れ、私の婚約者だと言うオルソンはぷっと笑った。なんて失礼で性格の悪い人。やはり王族とは言え地図に載っていても気づかないほどの小さな国の王子ね。マナーがなっていないわ。そんな人の婚約者なんて死んでも御免ね。
「リーゼロッテ皇女。俺は第五王子だ。間違ってもあんたが王妃になることはない」
「は?」
今とんでもない単語が聞こえた気がする。気のせいよねとお兄様を見ると「本当だ」と返ってきた。
「じゃあ、私は公爵夫人になるの?」
「お前はもう少し他国のことを勉強しろ。ネメア島に貴族はいない。王家と各部族をまとめる部族長がいるだけだ。王だって世襲制ではない。ネメア島では強い者が王になる」
もう何から突っ込んで良いか分からない。
「それでは私は平民になるということ?帝国の皇女である私が?嘘よね、お兄様。そんなことあり得ないわ」
「王家の生き方はお前には無理だ。ネメア島での生活はお前が嫁ぐ上で最善の場所だ」
「嫌よ!帝国の貴族にして!私は絶対にネメア島に行かないから‥‥っ」
未だかつてないほどの冷たい目でお兄様が私を見る。今まであんなに優しかったのに。エレミヤ様が来てからお兄様は変わった。
もしかして、エレミヤ様がお兄様に何か吹き込んでる?
お兄様に愛されている私が邪魔で?
「帝国貴族にお前の貰い手はない。あれだけの騒ぎをしておいてあるわけないだろ。加えてお前は罪人アウロの娘なんだから」
「お母様のことは何かの間違いよ。お母様が罪人なわけないわ!それに騒ぎって何?私は何もしてないわ」
「アウロ様のことに関してはこちらでしっかりと調査済みです。間違いありません。犯行現場を直接押さえたのだから間違いようもありません。それにあなたはエレミヤ様がアヘンをしていると何の根拠もなく貶めるような発言を繰り返し行っていました。何もしてないわけがありません」
何よ、ジェイ。
お兄様の側近のくせに皇女である私に偉そうに。
お母様は誰かに嵌められただけ。それにエレミヤ様のことは確かに間違いではあったけど別に陥れようとしたわけではないわ。誰にだって間違いぐらいあるでしょう。
それなのに、ネチネチうるさいのよ。
これってもしかしてエレミヤ様の報復?アヘンをしてるって“バラしたから”。
何て心の狭い人なんだろう。人の一度の誤りさえ許せないなんて。そんな人は皇后に、お兄様のパートナーに相応しくないわ。私の方がずっと‥…。
「お前とオルソン殿の結婚は決定事項だ。お前に拒否権はない」
話は終わりだとばかりにお兄様が下がるように手を振る。
「絶対にいやっ!」
私は初めてお兄様に反抗して部屋を出た。
お兄様と喧嘩をしてしまった。エレミヤ様が余計なことを言って私の婚約者をお兄様に選ばせたせいだ。
私はずっとお兄様の傍にいたいのに。どうしてお兄様は分かってくれないの。




