131.ケビン視点
「さて、準備万端ね」
「んんんっ!」
ノワール陛下から受け取った女はあまりにもうるさかったので猿轡をした。
すると、さっきから「んんん」うるさい。
準備もできたし、さっさと始めよう。
猿轡をとり、何かを喚く前に緑色の液体が入った瓶を口の中に突っ込んだ。
「ごほっ、ぐふっ」
「ちょっと、材料がめちゃくちゃ高価なんだからこぼさないでよ。あんたレベルの安っぽい女が買える代物じゃないのよ」
アタシがそう言うとどブスのドミニカが睨んできた。
「何よぉ。やだぁ、そんな目で睨むなんてこわぁい。ねぇ、これってどんな薬なの?」
アタシは背後から現れた青年に声をかける。
彼はアラン。ドミニカの妹セシルの夫で私の医者仲間。一緒に新薬を開発したりしている。今回、彼がアタシに提供した薬はドミニカが帝国にいることを知ったアランが是非使ってくれと言ってきた物だった。
「死にはしない。顔にできものができ、その後、燃えるように熱くなる。そして激痛がはしり、最後は顔が溶ける。データ上は。人間で試すのはこいつが初めてだ」
アランのほの暗い目がドミニカを睨みつける。
余程、自分の妻を殺そうとしたこの女が許せないのだろう。
アタシは寝転がっているドミニカを椅子に座らせて固定する。彼女の前に大きな姿見を置く。自分の顔が崩れていく様を見てもらう為だ。
「人の物を欲しがるばかり。人を羨むばかり。そんな人間の末路は哀れなものね」
「そろそろだ」
アランが腕に嵌めた時計を確認して言う。それと同時にドミニカが苦しみだした。
「あ゙だぢは何もわるぐない。ああああああっ。当然の、げんりを要求ぢだだけぇ」
顔にぶくぶくと吹き出物ができてくる。それだけでも気持ちが悪いのに今度はそれが潰れだす。
「よくそんな気持ちが悪い薬を作ったわね」
「お前にだけは言われたくない」
「やあぁぁぁっ!あづいぃ。あづぐで、じぬぅ」
「死なねぇよ。そういうふうに調整してる」
だからこそ恐ろしいのだ。確かに彼の言う通りアタシも人のことは言えないけど。
よく復讐で殺しを選ぶ人間がいるけどアタシも陛下も彼もそんなことはしない。まぁ、感情に任せて殺してしまうこともあるかもしれないけど基本的には“死”なんて楽は与えない。
“いっそ殺してくれ”と相手が懇願しても生かしてやる。
終わることのない苦痛を与える。それがアタシたちが与える復讐だ。特に愛する人を傷つけた相手は念入りに。
「いだぁい」
「崩れ出した」
「そうね」
ドミニカは開けっ放しの口からダラダラと涎を垂らし、目からは涙、鼻から鼻水を出している。
顔が崩れていなくてもみっともない顔になっていた。
「この後は見世物小屋にでも売ろうと思ってるんだけど」
「構わねぇよ。今回のデータが取れたら用済みだ」
「その薬、また使うの?」
アランは予備で持っていた薬を見てにやりと笑う。
「色々使い道があるからな。死なないんだから拷問でも使えそうだ」
「それには調整が必要ね。でも、あなたは今ただの村医者でしょう」
「昔の知り合いから依頼が来るんでね」
そこは国の暗部に関わることなので深く突っ込むことはしない。
「ぎゃあぁ」
ドミニカは崩れた自分の顔を見て発狂した。あまりの恐怖で失禁までしている。
「仕上げに喉を潰しましょうかね。大丈夫よ。ブヒブヒ泣けるようにだけはしてあ・げ・る♡」
アタシは再びドミニカの口に瓶を突っ込んだ。全て飲み干すのを確認すると瓶を放してあげた。
喉が焼けるような痛みがドミニカを襲っているのだろう。
「これで完成ね」
◇◇◇
ドミニカ視点
「うわぁ、ぶっさいく」
「おもしろーい。これ投げてみようぜ。えいっ」
子供が檻に閉じ込められた私に向かって熟したトマトをぶつけてくる。
べちゃりと顔に当たった。文句を言ってやろうとしても焼けただれた喉では意味をなさない言葉ばかりが出てくる。
それを聞いて子供たちが指をさして笑う。
「何言ってるかわかんねぇよ」
「化け物の言葉なんか分かるわけねぇし」
そう言ってゲラゲラ笑う。
私は信じられなかった。
“化け物”と言えば私の妹セシルの代名詞だ。あれこそ本当の化け物なのにどうして今、私がそう呼ばれているのだろうか。
そう考えているとあの時鏡で見せられた顔の崩れた自分の姿を思い出す。
「ああああああああっ!」
違う。あれは私の姿じゃない。あれはあいつが見せた幻影。
「何だ、こいつ。急に叫びだしだぞ」
「こら、坊主ども。うちの商品になにしてやがる」
「うわっ来た。にげろぉ」
鞭を持った髭面の男が来て、子供たちは逃げて行った。
「てめぇもうるせぇんだよ」
そう言って男は私の体を鞭で打つ。
私はどこで間違えたんだろう。
公爵家の令嬢として生まれて、公爵夫人になった。その私が今、どうしてこんな卑しい男に鞭で打たれているのだろう。
「おら、時間だ」
舞台に上げられ、みんなが私を見て笑う。
私を“化け物”だと言う。理解できなかった。




