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「未来は分からない。貴殿にはあのレベッカ公爵夫人がお似合いではないのか。ここ最近、一緒にいるところをよく見かけるが」
「貴殿には関係のないことだ。二度とエレミヤに関わるな。行くぞ、エレミヤ」
ノワールはいつもより強引に引っ張って私を自分の執務室まで連れて行った。
途中、後ろにいるフィリップ王子が気になったので視線を向けようとしたらノワールから凄まじい殺気が飛んで来たので止めた。
執務室に入るとノワールを見た側近のジェイはにっこりと微笑んでそそくさと部屋を出て行った。
シュヴァリエたちもなぜか執務室の前に待機するだけで中に入ろうとはしなかった。おかげで執務室の中には私とノワールだけだ。
「仲が良いのか、あの馬鹿猫と」
「猫って、フィリップ王子は確かに豹の獣人だけど、仮にも一国の王子よ」
「人の女に手を出す下種は馬鹿猫で十分だ」
ノワールの機嫌が最高潮に悪い。
「で、どうなんだ?」
「とりわけ仲が良いわけではないわ。すれ違えば、お客様だしお話ぐらいはするけど」
「そういう割には最近、一緒にいることが多いな」
ノワールの素っ気ない返しに少しむっとした。まるで浮気を疑われているうようで。それにノワールだって最近、レベッカ公爵夫人と一緒にいるのを見かける。
「ノワールだってレベッカ公爵夫人と随分、親しそうだったけど」
私がそういうノワールは心底嫌だと言う顔をした。
「冗談は止めてくれ。俺が息抜きに庭に出ていると見計らったかのように現れるんだ。まるでストーカーだな」
「でもレベッカ公爵夫人は次期、皇后を狙っているようですけど」
私の脳裏にはマクベスから手に入れたドミニカの私を暗殺する計画があった。
「俺の妃はお前だけだ。それ以外を妃に迎えるつもりは無い」
きっぱりと言われ、思わず赤面してしまった。
「それとレベッカ公爵夫人には気をつけろよ。お前のことだから知っていると思うが。後、馬鹿猫には近づくな」
「ではノワールもレベッカ公爵夫人に近づかないで」
「何だ、嫉妬か?」
にやりとノワールが笑う。
「心配しなくともどうにかなることはない。欲しいものが手に入ったらさっさと切り捨てるさ」
「欲しいもの?」
聞き返してもノワールは答えてくれなかった。
「フィリップ王子が私の番というのは本当?」
「ああ。何も感じなかったのか?」
「私は人族なので。人族には『番』という概念はないわ」
「そうだったな」
『番』という言葉で浮かんでくるのはユミルとカルヴァンだ。
あの二人は行方不明のまま、どこで何をしているのか分からない。元平民のユミルはともかく王族として生まれて、生きて来たカルヴァンには平民の生活は無理だと思う。
どこかで野垂れ死んだかスラム街を浮遊霊のようにさ迷っているのだろう。
「獣人は特に『番』に執着する。『番』を手に入れる為なら手段を選ばない者は少なくはない。王族として『番』を見つけた時の心構えのようなものは学ぶがそれもどこまで通用するか。どこかのトカゲを見れば分かるだろ」
「‥…そうね」
そこでふと私は不安になった。
それはノワールも同じなのだろうか。
「何だ?」
私の視線に気づいたノワールが怪訝な顔をする。
「ううん、何でもない。もう部屋に戻るわ」
「ああ。エレミヤ、不用意に出歩くなよ。あの馬鹿猫が何をするか分からないんだからな」
「分かっているわ」
私だって下手に歩いて今日みたいな展開は避けたい。図書室も暫くは通わずにノルンたちに取りに行ってもらうことにして、家庭教師も部屋に来てもらうようにしよう。
「後、お前のことだから知っていると思うが、レベッカ公爵夫人がお前を殺そうと画策している。こっちで対応するから余計なことはするなよ」
ノワールのことだから知っていると思ったけど釘を刺されると思わなかった。
「いいな」
返答をしなかった私に再度、今度は強めにノワールが釘を刺してきたので私は「はい」ということしかできなかった。




