124
それから度々、ドミニカがノワールと一緒にいるところを見かけた。
「エレミヤ様、大丈夫ですか?」
その度にフィリップ王子が私を慰めてくれる。
「何がですか?」
私が笑って返すとフィリップ王子はそれ以上踏み込んでは来ない。
「これが調査報告です」
私はマクベスが持ってきた資料に目を通す。
「ドミニカ・レベッカはレべッカ公爵の愛人たちを男を使い奴隷に落としている。彼女たちを売った金を懐に納めている上にオズワルド王国の王子と恋仲なのも事実だ。裏は取れている」
「あの女の他国での無礼千万な態度はレベッカ公爵という後ろ盾だけではなく王子が後ろにいたからだったのね」
私の言葉にマクベスは皮肉的な笑みを浮かべる。
「他国のしかも王子でしかない身分がどれほどの後ろ盾になるんだろうな。国の恥として切り捨てられるだけだ。そうなれば王子の権威もあってないようなもの」
貴族たちにさんざん使われてきたマクベスは誰よりも貴族の汚さを知っているのだろう。
「それと、こんなものも入手した」
そう言ってマクベスが渡してきた書類を見て私ははしたなくもふいてしまった。
「笑い事じゃない」とマクベスには怒られた。
「『エレミヤ暗殺計画』ね。ご丁寧に契約書まで。これが笑われずにいられるわけがないわ。どうせなら計画が成功するように手伝ってあげようかしら」
「エレミヤっ!」
マクベスが私を睨みつける。
「冗談よ。私を殺してオズワルドよりも大きく歴史も古い帝国の皇后を狙っているのね」
「どうする?」
「どうもしない。来るなら迎えうつだけよ。ただし、ドミニカだけは殺しちゃだめよ。レベッカ公爵に貸しを作れるいい機会になるかもしれない。そう思うとあのろくでなしも最期には国の役に立ったってことかしら。ただし、帝国にとってのね」
今日もノワールはドミニカと一緒にいる。その姿を見るたびに胸がモヤモヤする。
「胸焼けかしら?」
でも昨晩の食事は全てあっさりとしたものだった。胸焼けするとは思えない。
「大丈夫ですか?」
現実で声をかけられたので私は思考を一旦停止させた。
声をかけてきたのはフィリップ王子だった。
「ええ、大丈夫です」
私がそう返すとフィリップ王子は悲し気な笑みを浮かべて「そうですか」と答える。いつもはそうやって誤魔化していた。だから今回も誤魔化せると思った。でも、今回は違った。
フィリップ王子が私に近づいて来たのだ。
「私ならあなたにそんな顔はさせない。私ならあなたを悲しませたりはしません」
フィリップ王子が私に手を伸ばしてきた。けれどその手が私に触れることはなかった。
シュヴァリエが私とフィリップ王子の間に割って入り、ディーノが魔法を展開して冷気を漂わせていたからだ。
「エレミヤ様はノワール陛下の婚約者です。フィリップ王子と言えど無礼は許されません」
絶対零度の芯まで凍えそうな声でシュヴァリエがフィリップ王子を諫める。
フィリップ王子は気を悪くした様子も見せず、肩を竦めて私に視線を向ける。
獲物を捕らえた狩人のようで少し恐ろしかった。
私が怯えたことを鋭いディーノは察したようで辺りに漂う冷気が鋭さを増した。
「エレミヤ殿下が嫌がるようなことはしないさ」
「まるでエレミヤが貴殿を求めているような言い方をするのだな」
ノワールの声がしたと思ったらぐいっと腰を抱かれた。
「ノワール!?」
驚く私に視線を向けたノワールはフィリップ王子に見せつけるように顔のいたるところにキスをする。
「ちょっ!ノワール、何をしているの!」
人前でキスをするなんて。ノワールから離れようと胸を押すけどびくともしない。それどころかより一層深く抱き込む。
一体何なのだ。
「人の婚約者を口説くのは止めてもらおう、フィリップ王子。エレミヤは貴殿の番かもしれんが、今は俺の婚約者だ」
「!?」
ノワールは何を言っているのだろう。
声をかけようとしたけど「黙っていろ」と視線だけで言われてしまったので私は仕方がなく口を閉ざした。
「今は、だろ?」
フィリップ王子は挑発的な言葉を投げかける。私を抱くノワールの手に力が入る。




