120.ノワール視点
「あの男、どういうつもりだ」
今、城に滞在しているフィリップ王子とは貿易の件で交渉をしている。
彼の国、ブリティア王国は医療が最も発達している国である。
ブリティア王国と帝国の共同で医療の研究機関を作ろうとしている。フィリップ王子は外交担当なのでその話し合いで招待された。
その王子はどういうわけかエレミヤにちょっかいをかけているのだ。
俺の執務室からちょうどエレミヤがいる庭が見える。
エレミヤは気づいていなかったようだがフィリップ王子は俺が見ているのに気付いたうえで馴れ馴れしく触っているのだ。
「良い度胸じゃねぇか」
「陛下、口調」
俺の口調が下町の悪ガキみたいだと側近のジェイが指摘するが執務室には俺とジェイしかいないので問題ない。
執務の手を止めて庭を凝視する俺にジェイはため息をつく。
「フィリップ王子は獣人ですし、案外『番』の可能性もありますね」
冗談交じりに言うジェイに俺は顔を歪ませた。
「笑えない冗談だ」
「あっらぁ、冗談とも言えないんじゃないかしら」
ノックもなしにケビンが入って来た。
いつも通りのフリルたっぷりのドレスを着ている。
「フィリップ王子も素敵な男性よねぇ」
「ケビン殿の好みなんですか?」
どうでもいい質問をジェイが投げかける。
ケビンはウィンクして答える。‥‥気持ちが悪い。
「可愛い坊やはみんな私の範疇よ」
「可愛い坊や?」
こてんと首を傾けながらジェイは庭にいるフィリップ王子を見る。
がたいが良く、鍛え抜かれた体をしている。あれのどこが『可愛い坊や』に入るのか俺もジェイも理解できなかった。
まぁ、ケビンに比べたら殆どの男が華奢に見えてしまうのは仕方がない。
神様は残酷だ。
なぜ、この男にこれほどの体格を与えたのか。ドレスが似合う顔と体格を与えてやればよかったのに。
「パーティの時に外をうろついていた刺客は?」
「まだ泳がせています。マルクア神聖国の者もいれば我が国の貴族が放った者もいます」
「本当、おっそろしいわよねぇ。あんなに可愛い婚約者ちゃんを殺そうなんて」
恐ろしいなんてこれっぽっちも思っていない表情でケビンは言う。
ケビンは口角を上げて、人の悪い笑みを浮かべていた。きっと最終的に彼らをどうやって拷問にかけようか想像しているのだろう。
拷問はケビンのお楽しみの一つなのだ。本当にこいつだけは敵に回したくないと思う。
今後のことについて話しているとドアがノックされた。ジェイが対応をする為にドアを開けると聞こえてきたのはレベッカ公爵夫人の声だった。
「まだあの年増に手を焼いているの?」
ケビンは呆れた顔をして俺を見る。
俺だって好きで相手にしているわけではない。レベッカ公爵とは極力、良好な関係を築いていきたいとは思っている。その為には多少のことには目を瞑らないといけないのだ。
まぁ、何度かレベッカ公爵に注意はしているが。夫人は公爵の目を盗んではやって来るのだ。
彼女の目的は明らか。
俺の妻になることだ。帝国の国母とはそこまで魅力的なものだろうか。先代皇帝に関わり不幸になっていった連中を思い出し、必死に俺を射止めようとするレベッカ公爵夫人の行動が滑稽に思えて思わず笑ってしまった。




