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今日は久しぶりにお茶会のない日。
けれど私の気分は晴れない。
「レベッカ公爵夫人は随分と熱心な様ね」
彼女は帝国に来てから誰よりも、下手をしたら公爵よりもノワールの執務室を訪ねている。
レベッカ公爵が何度も注意をしているらしいが聞く耳を持たないとか。
「大丈夫ですよ、エレミヤ様。陛下がエレミヤ様以外の女に靡くはずがありません」
ガッツポーズを作って私を励ますように言いながらノルンは隣を歩くカルラにも同意を求めた。
「人を見る目はあるお方です。あのような毒婦に惑わされる愚か者でないことは長年陛下に仕えてきた私が保証いたします」
「そうね」
二人を心配させまいと私は笑った。
どうして心がこんなにもざわつくのだろう。焦っているのだろうか。ノワールをドミニカにとられては姉の命令を遂行できなくなるから。
‥‥…私はいつまで姉の命令を聞き続けるのだろう。
本当に命令通り動いていいの。
いいえ、考えるのはよそう。私はテレイシアの第三王女。祖国テレイシアの為に生きて死ぬのが定め。迷う必要などない。
「エレミヤ殿下、奇遇ですね。お散歩ですか」
「フィリップ王子」
庭を散策していたらフィリップ王子が前から来た。
「ええ。フィリップ王子も散策ですか?」
「はい。もしよければ、案内をお願いしてもよろしいですか?」
断る理由はないので私は承諾した。何よりもノワールの婚約者として賓客である彼をもてなすのは私の役目でもあるからだ。
「ありがとうございます。たまには普段やらないことをして見るのもいいですね」
「フィリップ王子は普段、庭を散策されたりはなさらないんですか?」
「ええ、全く。花などに興味がないので」
興味がいのなら庭など見てもつまらないと思うけど。
「ではどうして、今回は?」
「何となく、気が向いたからです。他にすることもありませんし。そうしたらあなたに会えた。これはもう運命ですね」
にっこりと笑う彼がどういう意味で言っているのか分からない。
おそらくは冗談だと思うけど。
真に受けない方が良いだろう。ただ、私は“運命”という言葉が好きではない。
自分以外の何かに勝手に未来を決められているみたいで。
もちろん、そんなことはおくびにも出さないけど。
「そのような冗談を軽々しく言っては後々困りますわよ。王子を射止めようとする令嬢は至る所にいるのですから」
「王位継承権もないに等しい第五王子に無駄な期待をするだけ損ですね」
そう言って笑うフィリップ王子は言葉こそ卑屈に聞こえるけど表情は全くの逆。おそらく王位には興味がないのだろう。
「“運命”という言葉は嫌いですか?」
「どうしてそのような質問を?」
「不躾になりますが、あなたのことは噂で聞いていますので。あんな愚図よりももっと早くに出会っていたら傷つけはさせませんでした」
本当に痛ましそうな顔をするフィリップ王子はとても優しい方なのだろう。
他人の痛みを我が事のように受け止められる人なんてそうはいない。
「政略的なものでしたので、それほど傷ついてはいませんわ。お気遣いいただきありがとうございます。それにカルディアスに嫁がなければノワールと出会うこともありませんでしたし」
ノワールの話をするとフィリップ王子の目に暗い淀んだ影が映ったような気がした。でも彼はすぐにいつも通り人当たりの良い笑みを見せる。
「あなたが傷ついていないのなら良かった」
「はい」
きっと気のせいだろう。




