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今日の社交界は顔合わせのようなものだ。
この後は何日にも渡って様々な社交が催されることになる。
ノワールは男性陣と政治や軍事の話があるし、何よりも皇帝になったばかりの彼の地盤固めもある。若く皇帝になった彼を見下す人は少なからずいるのだ。
私もテレイシアの王女ではなく彼の婚約者として皇后になった時の為の地盤固めなどをしないといけない。
「お疲れ様です、エレミヤ様」
一日目の社交界を終えて部屋に戻った私をカルラとノルンが出迎えてくれた。
ノルンとカルラは手早く寝間着に着替えさせてくれた。明日も公務が控えているのですぐに休んで明日に備えないといけないからだ。
「それではおやすみなさいませ、エレミヤ様」
「おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみなさい」
カルラとノルンが出て行った後、私はすぐにマクベスを呼ぶ。
「外に不審者が居たわ。調べておいて」
「畏まりました」
今のところ圧倒的に疑わしいのはマルクア神聖国ね。彼らが連れている従者に刺客が紛れ込んでいたら会場の近くをうろつくことはできる。
それにノワールのことだからわざと警備に穴を開けている可能性もある。
「考えても仕方がないことね。とりあえず休もう」
情報が少ないうちに推測したところで杞憂が増えるだけだ。私は明日に備えてベッドに横になった。
自分が思っていた以上に疲れていたようですぐに眠りつくことができた。
◇◇◇
「まぁ、その大きなダイヤは公爵からの贈り物なんですの。素敵ですわ」
お昼は各国の姫君や令嬢を招いたお茶会が開催されていた。もちろん、帝国の令嬢たちも参加している。
その中でドミニカはずっと自慢話をしている。
彼女の指にはとても大きなダイヤの指輪がついていた。
あんなに大きなダイヤをつけて重くないのかしら。
「公爵様に愛されていますのね、羨ましいこと」
そう言って笑っているのはイネゲルド王国の王女ナフタリアだ。イネゲルド王国は温泉が有名な国だ。
「私も嫁ぐのならそういう方に嫁ぎたいですわ」
「ナフタリア王女殿下は現在、婚約者はまだ決まっておられませんでしたわね」
私が話をふるとナフタリアは「そうなんですの」と困ったように笑った。
「良き縁談はいろいろ舞い込んでいますが、兄と父の基準がなかなか厳しくて」
イネゲルド国王と王太子殿下がナフタリア王女を溺愛しているのは有名な話だ。
「このままでは行き遅れてしまいそうですわ」と、冗談ぽくナフタリアは言う。
まぁ、王族にとって結婚は義務。行き遅れなど絶対にあり得ないので本当に冗談なのでしょうけど。
「きっと聡明なお二方のことです。良き縁談を殿下の為に見つけて来て下さいますわ。帝国にも素敵な殿方がいますわ。この社交を通じて殿下の縁が結べたら良いと思っております」
「心に留めておきますわ」
さり気なく帝国貴族との縁談を勧めた私にナフタリアは曖昧に返答をした。一国の王女ならそれが正解だ。
「あら、まだ婚約者の段階でもう国母のような振る舞いをなさるんですね、エレミヤ殿下は。些か図々しいのではありませんか。ああ、だからこそ離縁なんてされるんですね」
くすりとドミニカが笑う。
ドミニカの態度を不快に思う者もいたが、中にはドミニカのように私を嘲笑する者もいた。
令嬢にとって婚約破棄や離縁は恥とされる。ましてや王族なら尚更だ。
嫁としてダメだとレッテルを貼られるようなものだ。
「繊細な者では王族としての役目も全うできませんから。ああ、有無を言わさず嫁がされたレベッカ公爵夫人には理解できない次元の話でしたわね」
故国に捨てられたことを匂わせるとドミニカはぎりっと奥歯を噛み締め、私を睨みつけてきた。
全く。幾らお客様だからって自分が公爵夫人であることを分かっていないようだ。
「それにあなたこそ随分と図々しいですわね。まるでこの場の誰よりも地位が上であるかのような振る舞いはどうにかした方がよろしいですわよ」
「どうやら帝国はレベッカ公爵家との繋がりが欲しくはないようですわね」
暗に取引をしないぞと脅してくる。今まではこれが通じたのでしょうね。
「それを決めるのはノワールとレベッカ公爵ですわ」
「っ。私が夫に頼めば」
「あなたの頼みを聞いてくださると良いわね」
にっこりと笑って言うとドミニカは不作法にも退席してしまった。主催者である私に断りもなく、各国の王族の集まる場で。
「国を追われた方はやはりちょっと違いますわね」
一緒の席についていた令嬢がドミニカを見て笑う。
この後のお茶会は腹の探り合いではあるがそれなりに和やかに終わった。




