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慣れているとはいえ欲望に晒される社交は疲れる。
休憩の為、テラスに出ると別の視線に晒された。
‥‥…殺気。
私を排し、次期皇后の座を狙う者。
テレイシア或いは帝国に恨みを持つ者。
「人気者は辛いわね」
さて、ここで行動に出るほど愚かではないでしょう。だからと言って放置はできない。どうしたものか。
「殿下、お一人でテラスに出るのは危険ですよ」
気づかれないように袖の下に手を伸ばしていた私に背後から近づいて来たのはフィリップ・オルコット。ブリティア王国第五王子。
赤い髪と目が印象的な豹の獣人だ。
「フィリップ王子」
フィリップ王子は私の傍まで来る。距離感がかなり近い御仁だ。
「お疲れの様なら休憩室を使われた方がよろしいかと。外はどのような不貞の輩が潜んでいるか分かりませんから」
それはまるで帝国の警備を疑うような物言いだった。
気づいている?
それとも、思慮に欠けているだけか。
「エレミヤ殿下さえよければ休憩室までエスコートさせていただきます」
そう言ってフィリップは私の腰を抱いた。
仮にも婚約者のいる女性に対してすべき行動ではない。
私は驚き、彼を見るが彼はまるで邪気のない顔で「どうしましたか?」と聞いてくる始末。
天然か、策士か。
「フィリップ王子」
「あっらぁ、こんな所で何をしているのかしら殿下」
女性口調ではあるがやけに野太い声が聞こえた。
「貴殿は」
一緒にいたフィリップ王子はゲテモノでも見るような目で彼?彼女を見ている。
テラスに現れたのはフリルのドレスを着こんだ大男だ。
私たちを見てウィンクまで飛ばしてきた。これで帝国一腕の良い医者なのだから驚きだ。
「フィリップ王子、彼女は帝国の専属医であり、ノワール陛下が重宝している優秀な側近の一人。ケビン・カトライナー。カトライナー子爵のご子息‥‥…失礼、ご令嬢です」
間違ってご子息と言ってしまったらケビンに睨まれたので慌てて令嬢に言い直したらケビンは機嫌が良さそうに笑う。
どうやら満足してくれたようだ。
「令嬢?彼女?」
王子、疑問は心の中に留めておいてください。
「何か?」
有無を言わせない威圧感がケビンから伝わって来たのでフィリップ王子は「何でもない」と言って視線を逸らした。
「ノワール陛下は随分と癖のある側近をお持ちのようだ。私はこれで失礼する」
フィリップ王子は逃げるようにテラスから出て行った。
「殿下、大丈夫ですか?随分と馴れ馴れしい男ですね。何かされたのならいつでも相談に来てくださいね。このケビンが間男を退治してご覧に入れましょう」
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
「そうですか。それより、フィリップ王子も仰っていましたがテラスには一人で出ないでください。誰が狙っているか分かりませんから」
一瞬、ケビンはテラスの方に視線を向けた。
外にいる連中に気づいているのだろう。ノワールの周囲は本当に優秀な人ばかりだ。
困ってしまう程に。
「そうね、ごめんなさい、軽率だったわ」
私はケビンと共に中に入った。




