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「ごきげんよう、エレミヤ殿下」
不敵な笑みを浮かべたドミニカが私の元へ来る。
「リーゼロッテ皇女殿下から聞きましたわ。今日の皇女のドレスはテレイシアの物だとか」
ドミニカはスリットの入ったドレスだけどタイツを穿いているので素足が見えることはない。対してリーゼロッテは完全なる素足だった。
「随分と個性的なドレスですわね」
ドミニカはリーゼロッテを通してテレイシアを嘲笑った。
今日のリーゼロッテの行いは完全にテレイシアを貶めるものだ。彼女にその気がなかったのがとても腹だたしいが。
「あれはわが国のドレスではございませんわ。レベッカ公爵夫人はそんなこともご存じないのですね」
「殿下とは言え他国の賓客に対して随分とお言葉が過ぎるのではございませんか」
ドミニカの額に青筋が立っている。
怒りで引きつっているであろう口元は扇で隠されている。
「我が国は帝国と同じく歴史が深く強大な国。あなたの国とも取引がされているわ。それなのにその国の文化や風習を知らないなんておかしな話ですこと」
「仕方がありませんわ、エレミヤ殿下」
くすりとアリシアがドミニカを鼻で笑う。
「レベッカ公爵夫人は所詮、後妻ですもの。身売りのように嫁がされた令嬢ならばその程度の常識に欠けるのは致し方ないこと」
「確か、当時第二王子の婚約者だった妹君に嫉妬して殺害しようとなさったとか」
フィグネリアの情報にマハレットは「まぁ、怖い」とわざと震えて見せる。
「っ。違いますわ。どうしてそのような酷いことを仰るの?」
私がやったように今度はドミニカが泣く。私と同じで嘘泣きなのは明らか。そもそもこの程度で泣くほど殊勝ではないでしょう。
「全ては傲慢で我儘な妹に嵌められたのよ。私は被害者なのに」
「レベッカ公爵夫人は随分と不作法なんですね。王族の前で惨めったらしく泣くなんて。ただ世間話をしていただけではないの。なのにこれではまるで私たちが悪者のようだわ」
「っ」
私の言葉にドミニカは怒りで頬を赤くした。
「妻が何か不作法を致しましたか、エレミヤ殿下」
「あなた」
突如、乱入してきたのはノワールと話しながらもこちらに視線を時折向けていたレベッカ公爵本人だ。ドミニカは救いの手が差し伸べられたことに安堵しているようだが、公爵が彼女に向ける視線はとても冷たい。
夫婦仲が上手くいっていないというのは本当のようだ。やはり、彼女のご機嫌取りは必要ないわね。寧ろ害悪にしかならないから早々に排除した方がいい。
「レベッカ公爵夫人がテレイシアを侮辱したのです。ですからちょっとした意趣返しをしたら泣かれてしまって。こういう場合って喧嘩両成敗だと思うのだけれど、オズワルドでは泣いた者勝ちになってしまうのかしら?」
私はこてんと首を横に傾ける。
「嘘です!私はテレイシアを侮辱などしていませんわ」
「あら、王族である私の言葉をお疑いになるの?」
まだ何か言おうとしたドミニカをレベッカ公爵は無理やり後ろに下がらせ、睨みつける。
レベッカ公爵の額には汗が浮き出ていた。その目からも焦りの色が滲み出ている。
「妻が大変失礼いたしました、エレミヤ殿下。このお詫びは後日必ずさせていただきます」
「ええ、期待しておりますわ。公爵も大変ですわね。お若い奥方で」
未熟者の妻でフォローが大変ねと嫌味を言うとレベッカ公爵は苦笑だけして下がった。
「奥方が未熟で助かりましたわね。おかげでノワール陛下は夫人のあなたに対する無礼な態度を盾にいろいろ交渉を有利に進められそうです」
フィグネリアの言葉に私はにっこりと笑う。
「ええ。こちらも挑発したかいがあったわ。まさかここまで上手く行くとは思わなかったけど」




