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「エレミヤ様、珍しく帝国風のドレスなんですね。今までずっと自国のドレスだったのに」
帝国の貴族令嬢と楽しく話しているとリーゼロッテが会話に割って入った。それだけでぴしりと空気が固まるのが分かる。
私はリーゼロッテのドレス姿に眉を顰める。周囲の令嬢たちはどのように反応して良いか分からず戸惑っている様子だ。とりあえず私は無視をすることにした。
リーゼロッテからの言葉だったけど私は彼女ではなく他の令嬢たちに視線を向けて言った。
「ノワールからのプレゼントですの」
私の言葉にアリシア・ノーマーク子爵令嬢が目を輝かせた。
「まぁ!素晴らしいですわ。殿下の美しさをより引き立てるデザインですわ」
「ええ、本当に。殿下の御髪にも合っていますわね。それにそのピアスに使われているダイヤはブルーダイヤですわね。とても貴重なものまで。陛下の殿下に対する愛がとても伝わりますわ。羨ましいですわね」
マハレット・オズマン伯爵令嬢もアリシアに続く。
自分を置いてきぼりにするような会話が気に入らないのか再びリーゼロッテが割って入る。
「さすがはお兄様です。婚約者であるエレミヤ様に対する気づかいに抜かりはありませんわね」
それはつまり、あくまで婚約者としての気づかいでありそこに愛がないという意味だ。無邪気な笑みを見せるリーゼロッテ。
アウロの一件で立場が危うくなっている今の状況で私を敵に回すような言葉を発するのは致命的だ。
悪意がないので殆ど無意識だろう。
彼女がノワールに兄以上の感情を持っていることには気づいている。
気に入らない。
「エレミヤ様、見てください。私のドレス。エレミヤ様の故郷であるテレイシア風のドレスをアレンジしてみたんです」
「ぷっ。なんというか独特なドレスですわね」
マハレットが肩を震わせ、顔を背けて言う。笑うのを必死に堪えているようだ。明らかな嘲りなのにリーゼロッテは嬉しそうに言う。
「実はエレミヤ様がテレイシアの文化であるパッチワークを帝国に広めたと聞き私もやってみようとドレスのデザインを頑張ってみたの」
「ぷぷっ。そうですか」
マハレットだけではない他の令嬢たちも笑うのを必死に堪えている。マハレットに関しては堪えられているかは微妙だけど。
幾らリーゼロッテでも相手は皇女。侮辱して良い相手ではない。
「どうですか、エレミヤ様。似合いますか?」
リーゼロッテの質問にさっきまで大笑いしそうだった令嬢の空気が固まった。全員、私の様子を窺っている。
私はリーゼロッテの姿を見る。
布は帝国製。袖が幅広いのは確かにテレイシアの服装に見られる特徴。でも胸元は大きく開いているし、何よりも裾がかなり短い。
周囲の若い令息たちはリーゼロッテの服装に顔を赤らめながらもちらちらと見ている。私と視線が合うとみんなさっと視線を逸らす。
親世代の男性たちは眉間に皴を寄せて不快感を露わにしている。
「あ、この裾はですね、ドミニカ様のドレスを見て取り入れてみましたの」
ドミニカ・レベッカ公爵夫人。今日もスリットの入った大胆なドレスを着ている。あちらも問題ではあるが皇女である彼女がするのと他国の賓客がするのでは大きな違いがある。
他国の賓客の場合は文化の違いだと言い訳が着くけど自国の皇女にそれが通じないのは明白。
「あなたは、私を馬鹿にしているの?」
「えっ」
私の言葉に目を見張る、リーゼロッテ。もちろん、彼女にそんな気がないのは分かっている。けれどこのような下品なドレスをテレイシア風にしたと広められてはテレイシアの品格まで下がる。
「そのような下品なドレスを我が国のドレスとして広められては困るわ。まさかリーゼロッテ皇女にテレイシアを侮辱されるとは思わなかったわ」
私は悲しい表情を作って涙を流してみせる。それだけで周囲の令嬢たちはリーゼロッテを完全なる敵とみなし、排除すべくきつい視線を投げかける。
「えっ、えっ、そんな、私、そんなつもりじゃあ、ただテレイシアの文化に触れて見たくて。エレミヤ様と仲良くなりたくて」
「まぁ、図々しいですこと」
成り行きを見守っていたフィグネリアが私を守るように私の肩をそっと抱き寄せる。
「リーゼロッテ皇女殿下、お忘れですか。あなたは帝国に来たばかりの、知り合いもいらっしゃらないエレミヤ殿下にアヘンの疑いをかけ、陥れようとしたではありませんか。それなのにお友達になれるとお思いですか?」
「私、そんなつもりじゃなくて」
「ではどういうおつもりだったんですか?」
私は肩を震わせながらリーゼロッテに問う。
「あのような公衆の面前で『アヘンをしていたのか』なんて言葉を私に投げかけておいて。あれでは誰だって私がアヘンをしていたと誤解をするのは当然です。誤解が解けるまで私が王宮内でどれほど肩身の狭い思いをしたことか。それだけでは飽き足らず、他国の賓客を招いた場でそのような露出の激しいドレスを我が国の風習だと広めるおつもりですか。それを侮辱ととらずに何だというのですか。あなたは帝国とテレイシアの戦争を狙っておいでですか?」
私の言葉に令嬢たちはより一層視線をきつくした。誰だって愛する人を失う可能性のある戦争などしたくないはずだ。特に先代皇帝の時は戦争三昧で国の資金は常に火の車状態。
貴族たちも苦しい生活を送らざるをえなかっただろう。それは下級貴族なら尚更だ。そして私のお友達はフィグネリア以外は伯爵階級までの令嬢が多い。
「ひどい、私、そんなつもりじゃなかったのに、エレミヤ様こそ私を陥れようとしているじゃありませんか」
そう言ってリーゼロッテは泣きながら会場を出て行った。誰も彼女に同情の視線を向けることはなかった。非常識な娘がいなくなってすっきりしたとは思うかもしれないけど。
「帝国の恥ね」
私の呟きはフィグネリアだけが聞いていた。




