113.アミエル視点
最悪だ。
「お兄様、私もっとお庭を散策したかったです」
文句を言ってくるこの女の首を何度絞めてやろうと思ったことか。
私の名前はアミエル・クリスティーナ。クリスティーナ公爵家の次男としてこの世に生を受けた。次男の為家は継げず、聖力の高い私は教会で司祭になった。
「私を兄と呼ばないでいただきたい」
「でも、私のお兄様なんでしょう?みんなそう噂しているわ」
確かに私たちは似ている。だが、父は彼女を実子だと認めてはいない。
彼女は予言の力とやらで幾つもの未来を的中させてきたが平民であることに変わりはない。平民風情が私の妹だと?図に乗るな。
「それにぃ」
甘えたような声を出して聖女が私の腕に抱き着いて来た。
「私たち、番同士じゃない」
今すぐ私の腕に絡みついている汚物を切り捨ててしまいたい。
「マナートが言っていたわ。何れ私は公爵家の正式な娘になるって」
父に圧力をかけて無理やり養女にする気か。
彼女の母親は娼婦だ。貴族の嗜みとして娼館に通うことはあるし、接待として赴くこともある。相手にそういう接待をされた時は拒まないのがルールだ。
そこで娼婦が運悪く身籠ったとしてもその子供は内々に処理されるか娼婦として育てられるかのどっちかだ。
客に迷惑をかけないのが娼婦のルール。
娼婦の娘を娘として扱うこともこうして出会い、認識されることすら異例なのに更には貴族の仲間入りをさせるなど。
彼女の母親が務めている娼館は卒倒するだろう。娼婦の恥としてその娼館の営業に支障が出るかもしれない。
あの殿下がそこまで考えているとは到底思えない。
「聖女フィリミナ、殿下の御名を呼び捨てにしないでください。身分は弁えるように。エレミヤ殿下にも先ほど注意を受けたばかりでしょう」
エレミヤ殿下の名前を出すと途端に聖女の機嫌が悪くなる。
「あの人、意地悪だわ」
平民の分際で、何様だ。
怒鳴りたい衝動を何とか抑え込んだ。おかげで握りこんだ手からは血が流れている。気づかれないようにそっと隠した。
「それに、マナートが呼び捨てで良いって言ったのよ」
あの方は本気でこの平民を王妃にする気か。
間違いなく、他国と問題を起こして戦争の発端になりかねない。そもそも器ではないのだ。両方とも。だからこそ教皇が後ろ盾になっているのだろう。
いつの時代だって王になるのは教会に都合の良い王族ばかり。それ以外は徹底的に排除される。あいつのように。
「それでもです。特に公の場では決して呼び捨てにしないように」
「本人が良いって言っているからいいじゃない」と聖女はブスくれた。
けれどすぐに気を取り直して聖女は嬉しそうに俺を見る。
「パーティにはアミエルがエスコートしてくれるのよね。番だもん、当然よね。パーティは確か今日よね。とても楽しみだわ」
は?冗談じゃない。何でお前みたいな恥さらしを連れて歩かないとならないんだよ。
「あなたのエスコートは王太子殿下がなさいます」
「ええっ!そうなの?嬉しいけど今日はアミエルの気分だったのに」
ブチ殺したろうか。
そろそろ私の顔面筋肉が限界を迎えている。笑顔を保つのも大変だ。
『可哀そうに。辛かったでしょう、アミエル。大切な親友であり忠誠を誓った主を奪われ、愛した女を奪われて』
美しい容姿をした彼女は妖艶な笑みを浮かべて悪魔のように甘言を私の耳元で囁いた。
『アミエル、奪われたのならそなたも奪えばいいのだ。何もかも。そなたがされたように。手を貸してやろう』
そう言って彼女は私に手段を与えてくれた。それだけでなく取り戻させてくれた。私の愛した女性を。
聖女フィリミナと出会った時、彼女が番であることはすぐに分かった。
彼女に会う度、名前を呼ばれる度、愛を囁かれる度に脈打つ鼓動が煩わしかった。何度止まれと念じたことか。本当に止まってしまっても良かった。
そうしたら愛した女性も殺して一緒に誰もいない世界に行けたのに。
あの方、スーリヤ様が取り戻してくれた彼女は壊れていた。私を認識できてはいるけど、心は完全に壊れていたのだ。
その原因となったこの女は今も無邪気に笑っている。
大丈夫、エレイン。すぐにこの女も同じ目に合わせてあげるから。




