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アミエルの後ろから息を切らせた従者がやって来た。
成程。彼が慌ててアミエルを呼びに行ったのか。英断ね。
マルクア神聖国では聖女として崇められていても他国から見たらただの平民。この場で首が飛んだとしても責められない。向こうの出方次第では戦争になるかもしれないけど。
だからこそ私も今回だけは不問にする。戦争は嫌だからね。
「お兄様、お兄様も来てくださったんですね。やはりお部屋に籠るよりはお外を見て回った方が良いですよ。見てください、この立派なお庭を。私、お兄様と見て回りたかったんです」
呑気にアミエルの登場を喜ぶフィリミナはまるで自分こそがこの庭の主であるかのように振る舞う。彼女にそんな気があるのは分からないけど。
アミエルはぴしりと笑顔を固まらせた。従者たちは青を通り越して顔が真っ白になっていた。
「従者たちの体調がお悪いようですね。まだ到着したばかりで十分な休息も取れていないご様子。お部屋でお休みになられては如何かしら?」
「そうさせていただきます」
これ以上の失言を避けるようにアミエルは従者にフィリミナを下がらせるように命じる。
フィリミナは不満を漏らしていたが従者たちは聖女よりも司祭であるアミエルの命令を重視していた。
「まさかあのような不作法者を他国の重鎮が集うこの場に連れてくるなど正気の沙汰ではありません」
シュヴァリエは剣に置いていた手を元の位置に戻すがその目はまだフィリミナ一行を睨んでいた。
「マルクア神聖国の聖女は王太子殿下の婚約者候補だそうですわよ」
「フィグネリア様」
フィグネリアは先ほどのやり取りを見ていたのかフィリミナたちの去った方向に視線を向けながらやって来た。
「クリスティーナ公爵家の私生児だという噂は聞いていますが、王太子殿下の婚約者には些か無理があるように思うわ。相手は平民よ。それに先ほどのやり取りだけでも分かるけど教育は失敗しているようね」
私生児という噂はマクベスから貰った情報だ。
「それとも、そんなに予言とやらの力が欲しいのかしら?未来を予言できたからってその力が永続的なものとは限らないわ。それに百発百中であったとしても不確定だわ」
あくまで予測でしかないと断じる私にフィグネリアは頷く。
「そうですわね。けれど、マルクア神聖国の王族は教会の傀儡らしいですわよ。聖女を婚約者に迎えて更なる権威をと望む声もあるわね。それに聖女がクリスティーナ公爵家の私生児という噂もあながち間違いではないようですし」
そう、今までは単なる噂でしかなかった。けれどフィリミナはアミエルを『お兄様』と呼んだ。
それはもう暴露しているようなものだ。
けれどアミエルの方はよく思っていないようだ。
僅かだけど兄と呼ばれた時彼の顔には嫌悪があった。つけ入るとしたらそこかしらね。
マルクア神聖国、アヘンの産地であり帝国でおきたアヘンに関しても彼らが裏で動いていたのは明白。
「王太子殿下には公爵令嬢の婚約者がいたそうよ。現在は行方不明ですが」
「陥れられたの?」
どこもやることは同じだ。
「ええ。公爵家は保身の為に令嬢を見捨てたとか。聖女は知らないようですが」
「能天気な方ね。あくびが出そうだわ」
「そんな殿下にもっと面白いお話を聞かせますわ」
そう言ってフィグネリアは扇で口元を隠す。
背の高い彼女は腰を曲げて私の耳元まで自分の口を持ってくる。
「アミエル・クリスティーナと聖女は番同士だとか」
「まさかっ!腹違いとはいえご兄妹でしょう」
「番に血筋は関係ありませんもの。同性の場合だってありますわよ」
人族である私には理解できない感覚だ。




