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公爵や王の息のかかった者に護衛につかれれば守られるどころか命を狙われかねない。だから、自分で護衛を選べるのならその危険は少なくなる。
私は手にある護衛を自分で命じられる許可証を握り締めた。
これは私の命の手綱の一つ。
誰にも見つからない場所に隠しておきましょう。
『命の危険は多いが、そなたなら大丈夫だろう。わが国の為に生きなさい。余の可愛い妹よ』
『もし、失敗したら?』
『死ぬだろうね。死にたくないのなら足掻いて見せなさい。頭をフルに使って生き延びてごらんなさい』
その日の夜。
お姉様の言葉を体現するかのように不穏の気配がした。
息を殺し、足音をのしばせて近づく気配。私は布団の中に隠していた剣を握り締め、侵入者が近づくのを待つ。
大丈夫よ、お姉様。
私はやれる。お姉様の望みを叶えて、必ずテレイシアに帰る。
大丈夫。私はやれる。
侵入者とベッドまでの距離がゼロになった。
「っ」
私は侵入者たちの視界を覆うように布団を蹴り上げ、剣を一閃。
男の悲鳴が複数。血は布団に吸い込まれたので私が浴びることはなかった。
けれど布団は新しいのに替えてもらわないとダメだろう。
それに人の血を浴びた布団で寝たいとは思わない。
反撃されると思わなかった侵入者たちの動揺は大きい。
彼らは全員プロだ。一人で相手にするのは難しい。だから動揺している今がチャンス。
私は躊躇いもなく剣を振り続けた。
翌日、侍女たちの阿鼻叫喚が寝室を埋め尽くした。
・・・・・耳が痛い。
「聞きました。妃殿下のこと」
「幾ら侵入者がいたからって、殺すなんて。野蛮よね」
「女性でありながら剣を使うなんて、はしたない」
「護衛もつけずに呑気に過ごしているからこういうことになるのよ」
と、日中好き勝手言っている声が聞こえる。
「・・・・・はしたない、ね」
くすりと私は笑った。
「あなたはどう思う、カルラ」
傍に控えていたカルラは空っぽになったカップに新しい紅茶を注いでくれる。指示したわけでもないのに動いてくれる、気の利く侍女だ。
「能天気な話だと思います」
カルラは無表情のまま私の質問に答えた。
「そうね、私も同じ意見よ」
この侍女とは気が合いそうだ。無表情がデフォルトなので何を考えているか読めないけど。
優雅にお茶を楽しみながら、ついでに声を潜めることなく私の悪口を言っている質の悪い使用人たちの会話を楽しみながら自室で過ごしているとドアをノックする音が聞こえた。
「殿下、エウロカエルです」
「入りなさい」
「失礼します」
ピンと天井から吊るされたような美しい姿勢でエウロカが入って来た。
「番様が殿下をお茶会に招待したいと」
いい度胸しているわね。まさか、自分から来るなんて。
「下の者が私を呼びつけていると捉えていいのね、それは?」
「っ」
私が彼女をお茶会に招待するのは問題ない。同じ王宮内に居て、愛人が王妃をお茶会に招待するのはつまり自分の方が身分が上だと主張しているようなもの。
公爵夫人である彼女は当然それに気づいている。
だから気まずそうに私から視線を逸らした。
「いいわ。それで、お茶会はいつかしら?」
「ただいまからです」
「は?」
「今、すでに後宮の庭を使って行われています」
「あは、あははははははは」
思わず大笑いしてしまった私をエウロカは一度も見ようとはしなかった。
この場面だけ見れば私が心を病んだように見えるだろう。
私も大声を上げて笑うなんてはしたない行為を生まれて初めてやった。
それぐらい、この状況がおかしかったのだ。
「本当に、良い度胸をしている」
びくりと低く唸るような私の声にエウロカが怯えているのが視界の端に映った。
「エウロカ」
「は、はい」
喰われる寸前の子ウサギのように怯えるエウロカに私は殊更、優しく声をかけた。それが逆に不気味さを増して彼女の恐怖心を煽ると知って。
それでも、ねぇ、エウロカ。公爵夫人であるあなたは私の侍女を辞められないでしょう。公爵がそんなことを許しはしない。
私が飲むお茶に毒を入れられる侍女の立場を、夜間に不審者を手引きできる侍女の立場を狡猾な公爵が使わないはずないもの。
たとえ今はスパイでなくとも、いつかはスパイになれる。あなたは可哀そうなスケープゴート。
そんなあなたを私はどうしようかしら。今後の彼女の出方次第ね。それよりもまずは。
「とびきりのドレスと装飾品の準備を。あなたのセンスに任せるわ。すぐに支度してちょうだい」
「か、かしこまりました」
売られた喧嘩は買うのが宮中の流儀。
ユミル。あなたに後宮での戦い方を教えて差し上げる。