101
孤児院の子供たちと先生の証言を元に襲撃犯の人相書きができた。
陛下に提出して捜索を依頼している。こちらでもマクベスに動いてもらっている。
だが捕まえたところで切り捨てられるだけの駒だ。どこまで役に立つかは分からない。
襲撃犯が孤児院を襲ったのは私の事業を失敗させたかったから。狙いは私。それは明白。ならば使う餌は私の命。
でも私はノワールの婚約者。軽んじて良い命では既にない。慎重に動かなければ。
「殿下、アウロ様がお見えです」
ノルンの言葉で思考が浮上する。
「お通しして」
リーゼロッテからは想像ができないほど優雅な仕草で部屋に入って来たアウロはまず先ぶれもなく訪ねて来たことを謝罪した。
「孤児院のことを聞いたわ。あなたに怪我がなくて良かったわ」
目からこぼれそうになる涙をハンカチで拭いながらアウロが言う。
「ご心配をおかけしました。幸い、子供たちは全員無事です。襲撃犯については現在捜索中です」
「そう。早く見つかるといいわね。子供を襲うなんて誰がそんな酷いことをしたのかしら」
アウロはそう憤慨をする。よほど腹に据えかねているようだ。
彼女を落ち着かせるために私はノルンが入れた紅茶を勧める。
「ありがとう」
しかし、アウロは紅茶には口をつけず、縁を親指でなぞる。
「本当に誰なのかしらね」
「皆目見当もつきませんね」
「あら、そうなの?てっきり心当たりがあるのかと思っていたわ」
アウロは心底驚いたような顔をする。それほどまでに私の言葉は意外だっただろうか。
「どうしてそう思われるんですか?」
「フィグネリアとやり合ったって聞いたから」
廊下での一件を誰か見ていたのだろう。王妃の耳に入るということは城内で広まっている可能性はある。けれどフィグネリアは侯爵令嬢だ。表立って何かを言うバカはいないだろう。
「アウロ様はフィグネリア様が犯人だと思われるのですか?」
「証拠がない以上は何とも」
リーゼロッテなら「間違いない」と断言するだろう。
実際、フィグネリアは意味深な言葉を残している。ただありきたりな忠告をしたつもりが偶然起こってしまった事件と重なっただけか、あるいは初めから知っていたか。
「あなたはどう思うの?」
アウロの問いかけに私は曖昧な笑みを浮かべた。
相手が誰であれ滅多な言葉を言うべきではないだろう。
「そう言えば、ノワールからもうお聞きになりました?」
「何をかしら?」
「リーゼロッテ様の婚約の話です」
かちゃり。
動揺したアウロは思わず紅茶を混ぜていたスプーンをカップにぶつけて音を出してしまった。
音を立てるのはマナー違反だ。その為、アウロは動揺を隠す意味も込めて笑顔で「失礼」とマナー違反を謝罪した。
「いいえ、初耳ですわ。城内ではもう広まっているのかしら?」
アウロは亡国の姫君。城内に味方はいない。その為彼女が手にできる情報はとても少ないのだ。
今回の孤児院襲撃の件もどこからか漏れたのをたまたま侍女が聞いて、その話をアウロに漏らしたか、アウロが侍女の世間話を耳にしたかのどちらかだろう。
「ええ。みなが知っていますわ」
「そう。お相手はどなたかしら?私はまだ伺っていなくて」
「ネメア島の第五王子、オルソン様ですわ」
「っ」
膝の上で握り締められたアウロの拳が触れている。
帝国の姫君が島国に嫁ぐんだ。他国にその姫君は問題があり、政略として使えないと対外的に示すようなものだ。
女として、王女として無能のレッテルを貼られた。自分の娘だ。帝国の王女が。母として恥辱に震えないはずがない。怒りを覚えないはずがない。
私は同情しないけど。だって、そういうふうに育てたのは彼女だもの。
アウロとリーゼロッテの関係は私の耳にも入っている。マクベスが教えてくれたのだ。
彼は暗殺者として軒下や屋根裏を移動通路として活用しているのでたくさんの噂話を耳にしている。そしてその全てを私に教えてくれるのだ。
私がそう命じたから。
もちろん、噂話の全てを鵜呑みにはしない。取捨選択はきっちりと行っている。




