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「・・・・・孤児院が襲撃?」
孤児院の院長からは定期的に報告書が来る。昨日、報告書を貰ったばかりだったので、今日は報告書は届かないはずだった。
だから院長から手紙が来た時は嫌な予感がしたけどまさか孤児院が襲撃を受けたなんて。
手紙だけでは正確な状態が分からない。
子供たちは?
手紙には子供たちは怪我を負った子が数人いるけど命に別状はないと簡潔に書かれている。
けれど彼らが受けた精神的ショックは大きいだろう。
幼児期に受けた精神的なショックは後の性格形成に大きく影響することもあるという。これが原因で子供たちの未来に暗い影を落とすかもしれない。
「ノルン、治療道具を可能な限り用意して。それと何か甘い物も」
お菓子程度で子供たちの心に負った傷が癒えるとは思わない。だけど少しでも紛れてくれるのなら。
「カルラ、馬車の用意を。ディーノ、シュヴァリエ、護衛について来て」
「は?何言ってんの?まさか、孤児院に行くつもり?」
ディーノが私に詰め寄る。
「ちょっと、ディーノ。殿下に無礼よ」
ノルンが止めようと彼の肩に触れる。ディーノは煩わしそうに振りほどく。彼は明らかに怒っていた。
「正気?院長の手紙、ちゃんと読んでなかったの?読めなかったの?それとも忘れたの?孤児院は襲撃を受けたんだよ。そして襲撃者は捕まってない」
「分かっているわ」
「そんな場所にあんたを連れて行けるわけないだろ。ちょっとは冷静になれよ。自分の立場を自覚しろ」
ディーノが声を荒げた。
彼が私に対して声を荒げたのは初めてのことだった。
「私は冷静よ。この程度で取り乱してなんかいない」
「だったら」
「ディーノ、少し落ち着け。殿下、今孤児院に行くことが危険なのは理解していますね」
シュヴァリエがディーノを制して私に再確認をする。
「ええ」
「では、その危険を冒してまで孤児院に行く理由は何ですか?」
下手な回答では彼らは私を孤児院には連れて行ってくれないだろう。彼らの主として命令をすれば彼らは渋々でも私を孤児院に連れて行ってくれるだろう。
でもそれはしたくない。彼らの意志を無視して命じるだけの横暴な主にはなりたくないのだ。
ここまで私について来てくれた大切な人たちでもあるから。
「小さな子供たちが自分の何倍も大きな体の大人たちから襲われたのよ。彼らが命を奪うつもりがなかったのか、奇跡的にも死者が出ていないだけなのかは分からない。でも、死ぬ危険は感じたはずよ。大人だって怖いのよ。子供ならもっと怖かったでしょうね。彼らはいずれ、私の事業を担う一翼となる。ここで私が動かなければ彼らはどう思うでしょうね」
「つまりは自分が手掛ける事業の為だと?」
「ええ。大変な時に物資だけ送って安全な場所にいる人と危険を冒して動いてくれた人。どっちを信頼するでしょうね?様々な理由で親元を離れ、不当な扱いを受けて来た子供たちはただでさえ警戒心が強いわ。でもその分、信頼を勝ち得たのなら貴族のように容易く裏切りはしない。使い勝手のいい駒になるわ。この国でのノワールの婚約者として最初に手掛ける事業よ。失敗は許されないわ」
シュヴァリエがじっと私を見つめる。私もシュヴァリエを見つめる。
一分も経ってはいないだろうけど体感的には一時間にも感じるぐらいの緊張感が周囲を漂っていた。
やがて私に引く気がないと理解したシュヴァリエが深いため息をついた。
「分かりました」
「シュヴァリエ!」
ディーノがあり得ないという顔でシュヴァリエを見る。シュヴァリエはディーノに苦笑した後、みんなを見る。
「殿下のお望みだ。そしてそれを叶えるのは俺たちの役目だ。もちろん、殿下をお守りするのも」
「危険すぎる」
「だからだ。勝手に動かれるよりは俺たちの目の届くところにいた方が安全だ。俺たちの主は見た目に反して行動力のある方だからな」
呆れたようにシュヴァリエに見られたので私は笑顔を返しておいた。するとなぜか彼から疲れたようなため息が吐かれた。
ディーノはまだ不満顔だったけどシュヴァリエの言葉に思う所があったのか反論はしなかった。
みんな私の性格をよく理解しているようで。




