90.キャシー・ミハエル伯爵令嬢視点
「いい気味」
アヘンは簡単に手に入れることができる。だって私のお父様がそれで商売しているんだもの。
領民たちがちゃんと税を納めないせいで我が家の家計は火の車。
借金に借金を重ねる始末。
そこでお父様がアヘンに手を出した。最初は馬鹿なことに手を出したと思ったけど、これがかなりお金になる。それにバレなければ大丈夫。
私もこっそりとお父様からアヘンを盗んでそれを気に入らない令嬢たちに飲ませた。もちろん、本人たちは自分がアヘンを飲んでいるなんて知らない。
フィグネリア様の部屋を訪れた際に彼女の目を盗んで、彼女の部屋にある茶葉を私特製、アヘン入り茶葉にすり替えたりした。
だからアヘン中毒者はその殆どがフィグネリア様の取り巻きたちだ。
きっと疑いの目はフィグネリア様に向かうだろう。そうして調べられた結果、彼女の部屋からアヘン入りの茶葉が見つかる。
良い様だわ。だいたい、むかつくのよね。いつも余裕綽々って態度して。
テレイシアの王女が来るまでは私だって皇妃候補だった。フィグネリアが有力な皇妃候補者だったのって家柄が良いからってだけでしょう。それ以外に取柄なんてないじゃない。
私の方が皇妃に相応しいわ。フィグネリアよりも、エレミヤよりも、他の誰よりも。
「キャシー・ミハエル伯爵令嬢、アヘン所有及び使用の容疑で捕縛する」
「ふぇ」
部屋に入って来た近衛騎士に取り押さえられ、訳の分からないまま馬車に押し込められる。それも罪人を連行するときに使われる馬車だ。そこにはお父様もお母様もいた。
「ちょっと、どういうことよ」
「あなた方はアヘンの密売に関与している疑いがある。その証拠も既に押さえている。観念するんだな」
「はぁ!」
横柄な態度の近衛騎士にイラつき蹴り飛ばそうと足を突き出したら扉が閉められた。
「いっぅ」
私は硬い鉄の扉を思いっきり蹴ってしまった。かなり痛い。
馬車の中でどんなに無関係だと訴えたところで聞いてくれる人間はいない。お父様もお母様も一緒になって訴えたけど、誰も聞いてはくれなかった。
私たちはそのまま陛下の前に突き出された。
「ミハエル伯爵令嬢、お前は気に入らない令嬢にアヘンを飲ませていたそうだな。今回、アヘン中毒が分かった令嬢の殆どが知らない間にお前によってアヘン入りの紅茶を飲まされていたというのが調査で分かった」
ノワール陛下の淡々とした言葉が私の頭に響く。まるで死刑宣告をされているみたいだ。
「お前、そんなことをしていたのか」
隣で私と同様に後ろで手を縛られている父が問うてくる。
うるさいわね。別にいいじゃない。殺したわけじゃないんだし。それに紅茶を飲んだのはあくまでも彼女たちの意志。私は紅茶を飲めなんて強要していないわ。全ては彼女たちが選んだ結果じゃない。なのに何で私が責められないといけないのよ。
「誓って、私はそんなことをしてはおりません。それにアヘン中毒で発見されたものはみんなフィグネリア様の取り巻きたちでしょう。なら怪しいのはフィグネリア様だと思います。彼女の部屋をよく調べてください」
そうよ、調べれば出てくるはずよ。私が挿げ替えたアヘン入りの紅茶が至る所から。
「知っているか。コーク侯爵令嬢の持ち物は全て特殊な加工を施されており、特殊な手順を踏むとコーク侯爵家の家紋が浮き出てくるんだ」
「へ?」
何それ。そんなの知らない。
「彼女の部屋から押収したものでアヘン入りの茶葉が見つかった。その入れ物は全て家紋が浮き上がらなかった。つまり彼女の持ち物ではないことが判明した。それと王宮内で彼女の持ち物と思われるものが捨てられているのが発見された。お前の侍女も取り押さえている」
「私の侍女」
呆然とする私に陛下は見惚れるほど美しい笑みを浮かべた。まるで残忍な悪魔のような笑みだった。
「カルラに頼んでちょっと脅してやったら面白い具合にいろいろ吐いてくれたぞ」
「わ、私ではありません!その侍女がきっと私を貶めるためにわざと」
「俺はまだ何を吐いたかなんて言っていないぞ」
肩を竦める陛下に殺意がわく。わざとらしい。
「お前はさっき言ったな。アヘン中毒者は全てフィグネリア・コーク侯爵令嬢の取り巻きたちだと。それは誰だ?」
「?」
急にどうしてそんなことを聞いてくるか分からない。ただ命令だと言われたので逆らうことはできず名前をあげた。
陛下の側近の男が何やらリストを持って確認している。
「陛下、彼女があげた被害者の名前はリストと一致しています」
「そうか」
「だから言ったじゃないですか。怪しいのはフィグネリアだって。自分の取り巻きがアヘン中毒者だなんて」
「お前はなぜ彼女たちのことを知っている?」
「なぜって・・・・」
「アヘン中毒になった令嬢たちの名前は公にされていない。知っているのは関係者の中でもごく一部。それ以外は犯人だけだ」
「あっ」
まずい。どうしよう。どうしよう。ダメだ。何も思い浮かばない。
「連行しろ」
「はっ」
後ろに控えていた騎士たちに引きずられるように私たちは牢獄へ押し込められた。
お父様もお母様も私が余計なことをしたせいだと騒いでいたけど、何も私の耳に入っては来なかった。
「無様ね、キャシー」
カツンというヒールの足音が止んだと思ったら、頭上でこの世で最も耳障りな声が聞こえた。視線を上に向けるとそこにはフィグネリアがいた。
「人を貶めれば人に貶められるのよ。因果応報って言うでしょう」
「っ。れ。黙れ!」
「まぁ、怖い。まるで獣のようね。ああ、そうそう。あなた達の刑罰が決まったわ。処刑ですって」
楽しそうに話すフィグネリア。
私の顔からは血の気が引いた。まだ心のどこかで一縷の望みに賭けていたのだ。不可能だと知りながら。現実を受け入れられず、今起きていること全てが夢のように感じていた。
「さようなら、キャシー。次は地獄で会いましょう」
妖艶な笑みを浮かべた私の大嫌いな女は颯爽と去って行った。
そして彼女の言う通り、その三日後。私たちは処刑された。