89.アウロ視点
「どうして、どうしてぇ!」
私は髪が乱れるのも気にせず、怒りを発散するように頭を掻きむしる。
落ち着かなくて部屋の隅を行ったり来たりする。
爪が痛むのも気にせずに噛む。それでもイライラは収まらない。
部屋には誰もいない。元々、使用人は寄り付かない。みんな私を小国の出だと馬鹿にしている。それも帝国によって滅ぼされた国の王女。
誰からも顧みられることはない。
憎くて仕方がなかった。この国も先王も、義理の息子も自分の娘すらも。
何も知らない純粋無垢な娘。自分の子供とは思えないほど真っすぐに育った。きっと乳母の影響だろう。私は娘の成長に一切関与していない。それどころか娘についている乳母がどんな人なのかも知らない。興味がなかったから。
それが余計に周囲との軋轢を生んだ。
周囲の者は私を冷酷な女だと噂をした。そんな私を健気にも慕ってくる娘を周囲は哀れみ、甘やかした。
あの真っすぐな目で見られると自分の汚さ、醜さが浮き彫りにされてどうしようもないぐらいに憎らしかった。
「私、お義兄様やお母様の役に立てるように頑張るわ」
と、娘は言う。
それなら役に立ってもらおうと思った。
愚かにもノワールに惚れていることにすら気づいていない娘の純粋さを利用した。
ノワールが愛した女をまずは貶めようと思った。
最初は私と同じ境遇の哀れな娘だと思った。
エレミヤ。彼女は故郷こそあれど、無理やりノワールの妻にさせられた哀れな娘。でも違った。ノワールが微笑む度、幸せそうに微笑むエレミヤ。
どうして私と同じじゃないの。
どうして私ばっかりこんな思いをしないといけないの。
どうして彼女は幸せになれるの。
どうして私はこんなに醜いの。
どうして彼女は綺麗なの。
どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。
彼女も同じ場所に堕ちればいいのに。
「お母様」
私の天使(便利な道具)が部屋に入って来た。
「ご気分が優れないと伺いました。大丈夫ですか?」
疑うことを知らない。滑稽なほど純粋な娘。
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
私は慈愛に満ちた母親の顔で笑いかける。すると娘は嬉しそうに微笑む。
そうよ。私だけなんて不公平だわ。
エレミヤも、リーゼロッテも、ノワールも、この国も。
みんな、みんな、堕ちて行けばいいのよ。私と同じ地獄へ。堕としてやる。