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お茶会当日。
「お招きありがとう、ルーフェン侯爵令嬢」
「来ていただけてとても嬉しいですわ、エレミヤ殿下」
簡単な自己紹介をした後は当然だけど、和やかなお茶会にはなるはずもない。
彼女たちの目も右上を向いている口角も私を嘲笑っている。
「エレミヤ殿下は武術に精通していると伺ったんですけど、本当なんですか?」
「本当よ。テレイシアの王族は男女関係なく全員が武術を習うの」
「実戦も経験されるとか」
恐々としながら一人の令嬢が聞いてきた。実戦なんて彼女たちには無縁の話だ。その為、口にするだけでも恐怖を彷彿とさせるのだろう。
「実戦で使えないと意味がないもの」
「勇敢なんですね」
ルーフェン侯爵令嬢が英雄に憧れる子供のような顔で言う。
「私には到底、真似できませんわ。恐ろしくて。それに剣を振るなんてはしたないとお父様に怒られてしまいますわ」
それはつまり私がはしたないということかしら。
ルーフェン侯爵令嬢はにっこりと笑って私の返しを待っている。他の人もそうだ。だから私も微笑みを彼女たちに向ける。
「王家とは民を守る為の盾であり、剣。恥じることなどどこにもないわ。寧ろ、何の力も持たない平民の女子のように片隅で震え上がっていることこそ恥」
ルーフェン侯爵令嬢は眉間に皴を寄せた。けれど相手は他国の王女。ここで声を荒げるのは悪手。
根性で笑顔を作ってはいるけれど完全に引き攣っている。ダメね。淑女なら悟らせないものだ。
「私たちが平民と同等とでも言いたいのですか?」
「あなたにノブレス・オブリージュを果たす気概があるのなら貴族なのでしょうね」
いざという時は剣を持って民の為に戦ってみせろ。それができずに逃げ出すのなら、守られるだけならあなたに貴族である資格はないと私は言った。
周囲の貴族令嬢から息を飲む気配がする。
ルーフェン侯爵令嬢は持っている扇子をへし折ってしまった。
「ごめんあそばせ、ひびが入っていたみたい」
「まぁ、大丈夫。怪我はしなかった?」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
「ひびが入っていたとしても、そのような折れ方をするなんて。力持ちなんですね」
ぴしりとルーフェン侯爵令嬢の額に青筋が幾つも浮き上がっている。この場で私の次に地位の高い彼女が怒っていることに他の招待客は怯えている。
彼女たちはルーフェン侯爵令嬢の威を借りて私を貶めようと考えていた愚劣なハイエナ。この程度の分際でよく加担しようと思ったわね。浅慮過ぎじゃないかしら。
「私のお父様は外務大臣をしておりますの」
「存じておりますわ」
ただし、お飾りだけどね。仕事は全て部下に任せているのは調べがついている。
「陛下も父の言葉を無視することはできませんわ」
父親の威を借りに来た。でもノワールは潰しても問題ないと言っていた。つまり侯爵はノワールに影響を与えられるだけの力はない。
「侯爵が優秀であれば陛下が重宝されるのは当然ですね。けれど、それはあくまで意見を聞くということ。言いなりになるわけではありませんわ」
「っ」
「と、当然ですわ。陛下はどこぞの王のような傀儡になるような愚か者ではありませんわ」
さっきまで黙って成り行きを見守っていたレイチェル伯爵令嬢からの援護射撃がきた。私とルーフェン侯爵令嬢に視線を向けられて僅かにたじろぐが、それでもぐっと踏み止まって続けた。
「エレミヤ殿下、少しはご自分の立場を弁えた方がよろしいかと」
「言っている意味が分からないわね。あなたこそ、弁えるべきではないの?」
「っ。あ、余り物の癖に。ノワール陛下にお情けでもらってもらった飾り物の婚約者の癖に。その地位は本来ならフィグネリア様の物なのに。あなたが横取りした」
目には怒りの炎が燃えがっていた。
「カルディアスではカルヴァン元陛下にはすでに恋人がいたとか。あなたがその仲を引き裂いた。帝国で陛下とフィグネリア様の仲を引き裂いたように」
「身分違いの恋をすれば、そうなるのは必然。そしてたとえ身分が釣り合っていたとしても婚約者の地位を得られるとは限らない。必要なのは有益か否か。あなたは伯爵家の令嬢なのにそんなことも知らないの?だから平気で平民の愛人を囲えるのね」
「なっ」
顔を真っ赤にして体を震わせるレイチェル伯爵令嬢。これでは肯定しているようなものだ。その証拠に他の令嬢たちから好奇の目を向けられている。
社交界では面白おかしく噂されるだろう。彼女たちによって。彼女たちも一枚岩ではないようだ。
「ラマハ伯爵令嬢も笑い事ではないでしょう。あなたの婚約者は下級貴族の娘に熱をあげているとか。気を付けないと盗られてしまいますわよ。ウサギだと思っていた相手がキツネだったなんてよくあることですもの。現にあなたの婚約者はあなたとの婚約破棄の為に動いているとか」
「何ですって!」
あまりのことに立ち上がったラマハ伯爵令嬢。その衝撃で椅子が後ろに倒れ、紅茶が僅かに零れ真っ白なテーブルクロスに染みをつける。
「ラマハ伯爵令嬢は今十八歳でしたわね。婚約破棄をされて直ぐに相手を見つけないと行き遅れになってしまいますわよ。お茶会に出ている余裕はないのではないかしら?」
「っ。火急の用ができたので失礼しますわ」
そう言ってラマハ伯爵令嬢は鬼の形相のまま行ってしまった。きっと今から婚約者をとっちめて、女狐と一戦交えるのだろう。ど修羅場ね。
「わ、私も失礼しますわ」
「私も」
「私も」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」
ルーフェン侯爵令嬢の制止を無視して次々に招待客たちは立ち上がり、逃げるように去って行く。みんなやましいことだらけなのだろう。暴かれてはたまらないと競うように行ってしまった。
残ったのは紅茶の味と香りを楽しむ私と主催者のルーフェン侯爵令嬢のみ。
「布団を干す際に埃を出す為に使用人たちが頑張って叩いていますが、今回の布団には綿の代わりに埃が入っていたみたいですわね。おかげで、埃を抜かれた布団はただの布切れになってしまいましたわ」
「王女殿下は布団叩きがお上手なのですね。ノワール陛下に捨てられたら使用人に就職することをお勧めしますわ。良かったらご紹介しましょうか」
ルーフェン侯爵令嬢は完全に笑みを消していた。憎々しそうに私を睨みつける。
「必要ありませんわ」
「随分と自信があるんですね」
「ええ。陛下に毎日愛していただいてますから」
「なっ!ふ、ふしだらな」
顔を真っ赤にして怒鳴るルーフェン侯爵令嬢が何を誤解したのかはすぐに分かった。私は初心な反応をする彼女が面白くて、クスクス笑った。
「自信があるから私はここにいるのよ。貴族の甘言に惑わされるような無能ならテレイシアの女王は私を切って捨てたでしょう」
「物騒なお姉様ですね。さすがは女だてらに武器を振るう国の長。野蛮ですわ」
「あなただって不要と判断されれば切り捨てられるのよ。あなたのお父様に。そして皇帝陛下に。これではお茶会もできませんわね。お開きにしましょう。それでは失礼。今日は楽しいお茶会だったわ。また是非、招待してね」
一礼してノルンと共に出て行く私に「二度とごめんだわ」というルーフェン侯爵令嬢の囁きがしっかりと聞こえていた。
それに私はクスクスと笑う。
「そうね、二度とないでしょうね」