異世界人との遭遇
気が付くと、目の前は石畳だった。
「……えっ?」
思わず声が漏れる。
うつ伏せの状態から顔を上げると、そこは先程までいたレストランの店内ではなく薄暗い空間だった。学校の体育館程の広さだろうか。空気も一変しており、空調機によりコントロールされた快適なものから、冷たくじめっとしたものになっている。
突然の異常事態に混乱しかけるが、まず他にやるべきことがあった。皆の安否確認だ。
「みんな大丈夫か?」
ひとまず腕の中にいる三人の子供達に声を掛ける。
「はい、大丈夫ですおじさま」
「なんか光ったねっ?」
「ここどこ?」
小さい方三人は無事なようだ。続いて傍にいた三嶋さんと上の子供二人に目を向ける。
「そっちの三人は大丈夫?」
「はい、私も大丈夫です」
「……大丈夫です」
「…………ここはどこよ」
皆の無事を確認してから周りを見回すと、そこには同窓会に参加していた元クラスメイト達を含め、何十人もの人間がいた。レストランの店内にいた人数よりずっと多いので、他のフロアにいた人々も含まれているのだろう。
「なんだここは!」
「ここはどこよっ」
「えっ、なになにこれ、夢?」
皆混乱している。それも当たり前だ。突然知らない場所にワープした、としか思えない。
騒がしい声が響く中、その空間で唯一の出入り口らしい穴から人影が現れた。数は十。一人がローブを着た若い女性で、他は……なんだろう。中世の騎士のような金属鎧を着た男達だ。
ざわめきが大きくなる中、ローブの女性が口を開く。
「地球の皆さん。ようこそいらっしゃいました!」
その声はマイクでも通しているのか、その空間内に大きく響いた。ざわめく声が小さくなる。
耳に聞こえるその声は明らかに日本語では無い。にも関わらず、その謎言語を脳が自然に日本語へと変換していた。これまでの人生で経験したことの無い感覚だ。
「突然ですが、ここは皆さんの居た世界である『地球』とは異なる世界です。私達が皆さんを召喚させて頂きました!」
『地球と異なる世界』 と言われて再び人々が騒ぎ出す。
普通なら「なにを馬鹿な」というところだが、先程ワープとしか思えない現象に遭遇した上、脳に感じるこの違和感だ。恐らく事実なのだろう。
「突然お呼び立てして申し訳ございません。しかしこれは皆さんにとって大きなメリットがあり、またとないチャンスなのです!」
「……胡散臭い」
長女の真理ちゃんがボソリと呟く。同感だ。何も説明ぜず、いきなり「貴方はラッキーです」などと言う輩は怪しいことこの上ない。
しかしその言葉を聞いて大勢の人間が騒ぐのを止めて話を聞く態勢になった。先程までは身の危険を感じていたところが、「ひょっとしたら何か良いことがあるのかもしれない」と考えが変わったのだろう。あまりにも単純すぎる。
「まず、この世界には地球にはない魔法というものがあります。ご覧ください!」
ローブの女が手を頭上に掲げると、そこに突然大きな火の玉が生まれた。
「「「おお~~‼」」」
感嘆の声が上がる。普通なら何か仕掛けがあるのかと思うところだが、既に超常現象らしき状況に遭遇しているのだ。恐らくホンモノなのだろう。
「皆さんはまだ魔力が活性化していないため魔法を使うことができませんが、後程使えるように処置をさせていただきます」
それを聞いて、自分も魔法をえるかもと手を掲げていた何人かが恥ずかしそうに手を下した。
「更にこの世界には皆さんの地球には無い概念である『レベル』というものがあります。皆さんは当初レベル1から始めることになりますが、このレベルを上げると地球に帰った後も大きなメリットがあります!」
『地球に帰った後』と聞いて再び騒がしくなる。
「地球に帰れるんですか!?」
「もちろん帰ることは可能です。皆さんがこちらに来た時と同じ時間、同じ場所に御送りします」
地球に帰れる、しかも元の時間と場所にと聞き、周囲に安堵の気配を感じた。それが本当であるという保証はなにもないが。
「しかもです、ここで皆さんがレベルを高位まで上げると皆さんの肉体は若返り、更に老化し難くなるのです! これは魔法が使えない地球に戻っても変わりません!」
若返る、歳を取らない、それは三十半ばになった同窓会参加者にとっては無視できないメリットだろう。「マジか!」「ホントに!?」と凄い食いつきようだ。
「はい、しかも皆さんの頑張り次第では莫大な報酬が支払われます! それは地球にお帰り頂く時には、黄金やダイヤモンドといった地球にもある貴金属に替えてお持ち帰り頂けます! 」
ここでの活躍次第で体が若返り、老化が抑えられ、しかも莫大な金も得られる。なるほど確かに大きなチャンスと言える。それらが事実ならだが。
「それで、アナタ達は俺達地球人に何をさせたいんです?」
問いかける声が上がる。まあ当然の疑問だろう。
その問いに、ローブの女は「待ってました」と言わんばかりに答えた。
「皆さんにはこの世界で『勇者戦争』に参加して頂きます!」
戦争、という物騒な響きに、今度は不安のざわめきが起こる。
「戦争って、私たちに殺し合いをしろってことですか!?」
「いえいえ、本当の戦争ではありません。『勇者戦争』というのは世界規模で行われる武闘大会です。地球にあるという『わーるどかっぷ』のようなものです」
そこでローブの女は一度言葉を切ると、声を低くした。
「……かつてこの世界では国家間の戦争が絶えず、多くの人々が犠牲となっていました。更にある時から各国は、地球から強力な力を持った勇者と呼ばれる人々を召喚し、戦争に投入するようになりました。戦争によるあまりの犠牲の多さに国々は疲弊し、やがて各国は条約を結び、戦争に変わる紛争解決法を定めました。それが勇者戦争なのです!」
ローブの女は手を高らかに上げながら、まるで選挙の演説のように言う。
「『勇者戦争』の中でも、五年に一度開催される最大の大会『勇者世界大戦』で上位となった国々には、次の五年間の共同管理地域のダンジョン群の管理権や世界連盟の理事国の席といった莫大な利益が得られます。それ以外にも国家間紛争の解決手段として『勇者戦争』が使われるため、どこの国も勇者となられる方々には最大限の待遇をさせて頂いています!」
なるほど、サッカーのワールドカップで上位になった国が国連常任理事国になったり南極の資源採掘権を得られるようなものか。
「……国同士の貿易協定もその『勇者戦争』で決まるのなら、どの国も本気でやるでしょうね」
「まあ、地球じゃ散々もめてるからね」
隣にいる真理ちゃんの呟きに同意する。
その時、召喚されたうちの一人が手を上げた。元クラスメイトではなく二十歳前後の若い女性だ。
「あの、武闘大会ということは戦うんですよね? 私戦い方なんて知らないのですけど。レベルというのもどうやって上げればいいのか……」
まあ多くの日本人女性はそうだろう。男でもせいぜい授業で剣道や柔道をやったという程度が殆どだ。
「心配はいりません。戦い方についても皆さまの所属先となる各国が丁寧にご指導させて頂きます。その上で皆さまにはモンスターを討伐してレベルを上げて頂きます」
「モンスター!?」 「怪物と戦わされるのっ?」と再びの騒ぎが起こる。
まあ、日本に住む一般人がいきなり「山に入って体重400キロのヒグマを狩ってください」と言われるようなものだ。不安になるのも当然だろう。
「ご安心ください、各国の精鋭騎士たちが万全のサポートをするので危険はありません。勇者様方が討伐で死亡したり大怪我を負ったことは一切ありませんし、安全は保証します!」
それを聞いて騒ぎが小さくなる。「過去に死者も重傷者も出ていない」という言葉に安心したのだ。
「……怪しい」
「ああ、『安全を保証します』なんて言い切るところがね」
真理ちゃんの呟きに再度同意する。『危険を排除する』ということがどれだけ大変か、俺は職業柄よく知っている。三嶋さんや子供達も不安そうだ。
しかし周りの元クラスメイトを含めた被召喚者達はやる気になったようだ。最初のような不安を顔に浮かべている者は少ない。
そんな様子を見てローブの女は満足げに頷いた。
「それではこれから皆さんの魔力を活性化した後、ステータスの計測を行わせて頂きます!」