子供達と仲良くなる そして転移
「--三十越えたいい大人が子供の前でなんだその言い様は!」
俺の腹から放たれた、最大限の威圧が込められた声に、馬鹿共は後ずさる。
鍛え上げた肉体は「武器」になるとよく言われる。
ならば、自衛隊生活で鍛えたこの「声」や「眼光」も、同様に武器と呼べるだろう。
「なっ、なんよ。俺達は心配して……」
「--どこがだ! 思いっきり愚弄してただろうが! 三十半ばのオッサンオバサンが子供の前でみっともない言い訳してんじゃねえっ!」
相手を殺すような顔と声、つまり気迫が重要というのは某アメリカ映画で海兵隊の軍曹も言っている。あの有名な軍曹のようにとはいかないが(自衛隊でそんなシゴキをやったら処分される)、それでも今まで血気盛んな若者たちを散々鍛えてきたのだ。高校生から性根が進歩していないような連中は相手にならない。
先程まで笑顔を浮かべていた俺の豹変は連中にとって『奇襲』となったようで、完全に動揺している。陣内が何か言おうと口を開いたが、俺が「威圧」を込めて睨み付けると、何も言わず口を閉じた。
「--失せろ!」
ここで言い合うのは不利と判断したのか、陣内達は悔しそうに離れていく。女達は随分怯えた表情だ。
「ふぅ…」
連中が遠くへ行ったのを確認して、一つ息を吐く。
実はこんな風に怒鳴り散らしたのは久しぶりだ。声を出す訓練はしているが実際に部下に対してこういった言い方をするのは好きではないし、最近はパワハラという面でもあまり好まれない。
俺は三嶋さんとその娘達の方に向き直った。何やら皆目を丸くしている。
俺は鋭くしていた顔を緩め、子供達に頭を下げた。
「ごめんね、せっかく来てくれたのに嫌な思いをさせて」
本来は幹事である陣内が言うべきことだが、当の本人がアレなので代わりに謝る。
そこで俺は、一番下の双子達、凛ちゃんと蓮ちゃんが今まで俯いていた顔を上げ、目をキラキラさせながら俺を見ているのに気付いた。
「「…スゲーっ、オジちゃんツエーっっ」」
双子は、ぴょんっと飛び降りるように席を立つと俺の元まで走り寄り、そのままの勢いでしがみ付いて来た。
「すごいおっきな声だったっ」
「どうやってだしたの?」
「かおもキリィってなったっ」
「変なおじさんおばさん逃げちゃったねー」
随分な変わりようだ。先程までの俯いた顔よりずっと良い。
「オジちゃんヘンシンするのっ?」
「ヘンシンしそうだったー」
「うーん、変身は出来ないかな流石に」
膝の上に登ってきた双子が落ちないよう支えながら相手をする。
「ありがとうございました、おじさま」
感謝の声が聞こえ正面を見ると、三女の芽衣ちゃんが真っ直ぐこちらを見ていた。
「……あの人達、ぜひ来てくださいって言ってお母さんを誘ったんです。娘達も一緒にって。楽しみにしてるからって……」
「……あー、それは……」
連中のあまりの酷さに絶句する。子供まで巻き込んでなにをそこまで……
……きっと楽しそうだからとか、そんなくだらない理由だろう。いじめなんてそんなものだ。周りからは理解できない動機だろう。
俺が何と言うべきか困っていると、芽衣ちゃんは俺に頭を下げてきた。
「ありがとうございます。私達の為に怒ってくれて」
「いや、あれは誰でも怒るよ」
「でも、ご自分が言われてた時は笑って流してました」
「そういうものだよ」
部隊でも俺は自分への無礼は割と笑って許しているが、他の人への無礼には厳しく指導しているからな。
芽衣ちゃんが頭を上げると、長女の真理ちゃんや次女の美香ちゃんも口を開く。
「……ありがとうございます」
「……ありがと、おじさん」
真理ちゃんは無表情で、美香ちゃんは仏頂面だ。あまりお礼を言っているようには見えないけど、彼女達なりに感謝してくれているのだろう。
姉妹からのお礼の言葉を受け取ると、最後に隣に座っていた三嶋さんもこちらを向き、頭を下げた。
「加納君、ありがとうございました。……あの人達の考えにも気付かずこの子達を連れて来たせいで、娘達を傷つけるところでした」
「いや、これは仕方無いよ。あいつらが一方的に悪い」
悪意から娘達を守らなければならなかった、という面では彼女の失態かもしれないが、普通はそこまで人を疑えない。というかまともな社会人ならこんなことはしない。
……しまった、ボイスレコーダーを準備しておくべきだった。一連のやりとりを世に明かせば連中は制裁を受けただろうに。特に陣内の場合は、本来子供のあこがれとなるべきプロ野球選手であるので、そんな蛮行はファンも許さないだろう。……まあ実際は自分も色々なしがらみがあるからネットに暴露なんてことは出来ないのだが、録られてると知れば連中も大人しくなった可能性はある。
その後俺は、幾らか仲良くなった姉妹達や三嶋さんとおしゃべりを楽しんだ。長女の真理ちゃんや次女の美香ちゃんは相変わらずあまりしゃべらないが、三女の芽衣ちゃんと双子達はいろいろなことを話してくれる。母親の三嶋さんはそれを微笑みながら見ていた。
同窓会が始まった当初は「来て失敗した」などと考えていたのに、一転して充実した時間となった。
時間はあっという間に過ぎて同窓会も終盤、三嶋さんや芽衣ちゃんと連絡先を交換し、今度一緒に遊びに行きましょうと約束をしていた時、それは起こった--
--突然、フロアが強い光に包まれたのだ
「伏せろっ‼」
俺は瞬時に傍にいた小さい三人(芽衣、凛、蓮)を両手で抱えて床に伏せながら、三嶋さんや真理ちゃん、美香ちゃん、その他の人間に向けて叫んだ。
テロか!?
そんな風に考えながら子供達を庇うように抱きしめた瞬間、視界が真っ白に染まった。