悪意と反撃
「あれぇええ?そこにいるのはカノウくんじゃないかあ?」
不快な声を上げながら俺と三嶋さん母娘が座るテーブルに近付いてきたのは3人の男達だった。いずれも随分高そうなスーツを着ている。
「カノウ、お前中退だろぉ?なんで同窓会来てんだ?」
「……君が招待状を送ってきたんだろう? 陣内」
「そうだっけ?間違えたかな。でも普通来ねえよなぁ?」
「そうそう、普通恥ずかしくてこれねえわ」
「本当にそうだよね」
やはり俺を呼んだのは嫌がらせが目的だったようだ。薄々とそんな気はしていたが、揃いも揃って三十超えたおっさんがすることかと思う。
「しかしカノウ、久しぶりだなぁ。あっ、知ってるだろうけど、俺プロ野球に行ったんだわ」
なるほど、嫌がらせだけでなく自分自慢もしたかったわけだ。本当に良い性格している。
この陣内という男はかつてのいじめの主犯格だ。人格はアレだが背が高くて顔も良く、更に高校当時から野球部で活躍していた。甲子園には縁が無かったが、都内の私立大学に進学した後は大学野球で頭角を現し、大学卒業後ドラフト5位で関東の球団に指名されたらしい。これまで個人タイトル獲得経験は無いが、この年齢まで一軍でやれているということは相当に優れた選手なのだろう。この腐った人間性をよくファン達に隠せているものだなと思う。
「陣内はすげぇよな。あ、カノウ、俺は警視庁に入ったんだわ、キャリアで。剣道でも全国三位まで行ったんだぜ」
陣内に続いて自分自慢をし始めたこのガタイの良い男は杉井。野球の練習で忙しい陣内の間を埋めるように俺に暴行やら嫌がらせをしてくれた男だ。陣内と同じく性根のねじ曲がった傷害犯が市民を守る警視庁のキャリアとは、部下になるお巡りさん達は大変だ。
「杉井も十分すごいよ、なあカノウ?……ああ、僕は弁護士になったんだ。数年前に自分の法律事務所を立ち上げてね。それなりに上手くいってるよ」
三人目の線の細い男は水原。こいつは自分で暴力を振るうことはしなかったがとにかく陰湿な奴で、教師や同級生に俺の悪評を振りまく工作を主にやっていた。いじめが発覚しても「カノウが悪い」という風に印象操作するためだ。この道徳の欠片も無い男が弁護士とは、相談相手は大丈夫かと思う。
地元では優秀な人間が集まっていたあの高校の中でも恐らくトップクラスに実績を残したのがこの3人だろう。人格さえ腐っていなければ俺も素直に称賛したのだが……。
「陣内よぉ、お前は今何やってんだよ、フリーター?」
「しばらくはバイトで生活してたけどね、今は自衛官だよ」
「じえーかんっ、中卒のお前が? 何、二等兵?」
「最初は二等兵で入ったけど、今は将校だよ、中尉」
「なに、自衛隊は中卒でも将校になれんの?」
「頑張ればね」
それに俺は部隊で働きながら夜間高校に通わせて貰ったので一応高卒だ。
「お前みたいな中卒が上司なんて、部下達が気の毒だなぁ」
「ホントホント」
中退に追い込んだ張本人共が良く言うものだとは思うが、笑顔で流すことにする。
「そうだね、みんないい奴らだ。俺なんかによく付いてきてくれてると思うよ」
これは本心だ。俺の部下は皆素直に言うことを聞いてくれている。有り難いことだ。
挑発しても俺が笑顔で受け流すので、三人の馬鹿はとても不満そうだ。俺が声でも荒げて言い返してくるとでも思ったのだろうか? もう十年以上社会人やっている三十半ばのおっさんが、子供の前でおいそれとそんな真似するわけないだろうに……。
三人がテーブルを離れるそぶりを見せたので、やれやれやっと居なくなるかと思ったその時、今度は二人のやたら派手な女がテーブルに寄ってきた。彼女等は陣内達と一瞬目くばせすると、嫌らしい笑顔を浮かべながら三嶋さんに声を掛けた。
「あれぇぇ? ミシマさんじゃ~ん」
「こ、こんにちは」
その女達はたしか陣内達とよくつるんでいた連中だ。顔も名前も覚えてなかったが、見た目が当時と変わらないケバさなので分かった。
俺はその女達の表情を見て不安を覚える。彼女達が浮かべるニヤニヤ顔は、先程の陣内達とよく似ているのだ。あれはロクでも無いことを考えている顔だ。
「ミシマさん、聞いたよ?リコンしたんだって? 『された』 だったかなー」
「あ…」
ミシマさんが俯く。
「なになに、どういうこと?」
もう一人の女がわざとらしい声で訊く。
「ほら~、ミシマさん結婚するからって学校辞めたじゃん? あれ相手はけっこうな名家の人だったらしいんだけどぉ、いつまで経っても跡取りの男の子産まないからっていって、手切れ金だけ渡されて子供と一緒に捨てられちゃったんだって!」
「なにそれカワイソー!」
「それマジ?」
「うわー、きのどくー」
キャハハハという癇に障る笑い声が響く。
……なる程、三嶋さんも俺と同じターゲットだったわけだ。この女達は、美人で名家に嫁いだ三嶋さんが離婚したことが嬉しくて仕方ない、ということだろうか。
三嶋さんも、その娘達も黙って俯いてしまった。クールな長女や、気の強そうな次女もだ。母娘のその様子はまるで「いつものこと」とでも言うような……
……そうか、この女達が言ったことが事実なら、その相手の家での生活もロクなものでは無かったのかもしれない。このような悪意はこの母娘にとって「いつものこと」なのだろう
段々と心が煮え滾ってくる。
怒りに任せて怒鳴り散らすような真似はすべきではない。だが放置は論外だ。一瞬頭を冷やし、冷静にやるべきことを考える。そして……
-ーバァンッと机を叩く音が響いた
ビクリとする馬鹿共。
俺は机に振り下ろした手をそのままに、「威圧」を込めて目の前の連中を睨み付け、「武器としての声」を開放する。
「--三十越えたいい大人が子供の前でなんだその言い様は!」