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冒険者業

 あれは、俺が将校に成りたての頃のことだ。



「班長は異世界に行くとしたら何を持ってくっスか?」


 ある演習の最中、突然そんな質問を投げかけられた。


 隣にいたのは二十歳そこそこの若い女性下士官だ。草木の生い茂る真夏の演習場。周囲に他の人影は無かった。


「……状況中だぞ。私語は慎め」

「いやいや~、おしゃべりで新米の前進観測班長殿の緊張を解すのも、連絡陸曹としての役目ッスよ」

「また適当なことを……、それにお前も新米陸曹だろ」


 仕事モードの俺が厳しい口調で注意してもどこ吹く風だった。いい加減だが、どこか憎めない奴だった。


「いいからいいから~。それで、異世界に飛ばされるとしたら、何持ってくッスか?」

「まったく……、よく分からないけど、飛ばされるってあれか? 昔映画であった、自衛隊がサムライと戦うやつ」

「いや、戦国じゃなくって異世界ッスよ。魔法とかあってドラゴンとかいるやつッス」


 彼女はオタクだった。駐屯地内に貼られたアニメ絵の自衛官募集ポスターを見て「あれ使い終わったら貰えないッスか!」と広報部門の人に突撃したこともある。後で知って説教した。


「なに持っていくって、ハチキュウでいいんじゃないの?」


 俺が答えると、「ちっちっち」と言いながら指を振った。


「はんちょう~、例えば北海道でヒグマと戦ったとして、ハチキュウ一発で仕留められるッスか? 三毛別みたいなやつッスよ?」


 三毛別事件といえば、北海道でヒグマが人を次々殺害した事件だ。確かその時のヒグマは体長3メートル近く、体重も400キロ程あったとか。


「……難しいだろうね。脳とか心臓とかにクリーンヒットしないと」

「でしょ? 人間相手ならともかく、モンスターに5ミリちょっとの弾丸は心もとないッス」

「……じゃあFHでいいんじゃない? 155ミリだよ?」

「1人で撃てないじゃないッスか」


 なんとなくルールが分かってきたので、俺は少し真剣に考えた。


「……じゃあ『無反動』とロクヨンでどう?」


 『無反動』とは『カールグスタフ』という名で知られる、バズーカのような形をした無反動砲だ。


「いいッスね。私もやっぱ異世界に持ってくなら対戦車弾とか榴弾とか発煙弾とかいろいろ撃てるカールグスタフがいいと思うんスよ、『LAM』とかより」

「まあWACで無反動とロクヨン担いで平気で走れるのはお前ぐらいだと思うけど」

「……なんスか人をゴリラ女みたいに。それに新型ならずっと軽くなってるって話じゃないっスか」

「そんなもんまだ見たことも無いよ」


 64式小銃と無反動砲を合わせると重量は20キロ程になる。予備弾薬を含めれば更に増加だ。それを担いで戦場を駆けるのは男でもキツいだろう。


「あと持っていくとしたら……班長ッスかね」

「……俺は武器じゃないよ?」

「いやいや、実際連れていくとしたら絶対班長ッスよ。銃剣一本あればオークでも倒せそうッスもん」


 そこまで言うと、彼女はドーランの塗られた顔に笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んできた。


「だから、私が異世界に行くときは絶対ついて来てくださいよ」

「はいはい、そんなことがあったらね」



 そんな会話をした彼女は、演習終了後すぐに行方不明となった。夏の連休に「親孝行してくるッス!」と言って家族と海外へ出かけ、搭乗した飛行機が太平洋上で消息を絶ったのだ。機体の残骸らしきものは見つかったが、乗客は1人も発見されなかった。





「宗吾、こっちに出たわ」


 真理の言葉に、意識が現実へと引き戻される。


 振り返ると、林の中から巨大な猪が出現していた。数は3、距離は150といったところか。


「大きな牙。確かにファングボアだな」


 俺は音を立てないよう、静かにライフルを構えた。


 手にしているのはロクヨンどころか、それより半世紀以上前の明治38年に制式化された三八式騎銃だ。この銃は初めての召喚以来、練習を含めて何百発分もの射撃を行っているため、引き金の重さから何まで既に掌握済みだ。


 耕作地の方へ向け進むファングボア達。体長2メートルもある猪に畑を荒らされれば被害は甚大だ。しかもモンスターである彼らは人を見ると容赦無く襲って来る。

 その1頭あたりの討伐報酬は魔石の買取込みで銀貨50枚。強さに比べれば少し安い金額だが、それでも十分金銭的に旨みがある相手だ。


 俺は引き金に指を掛けながら、猪達の動きをじっと見極めた。

 そして、先頭の一頭が足を止める瞬間、弾丸を放つ。



--バンッという、既に聞き慣れた発射音が草原に響いた。



 そしてその音がファングボア達に届くより早く、ライフル弾が一頭の後脚を貫いた。


 巨体を支えている脚の関節部分を正確に射貫かれ、横倒しになる一頭目のファングボア。


「プギイィィィィっ!?」


 少し遅れて、後脚を撃たれたファングボアの悲鳴が俺の元へ届く。しかしその頃には既に二発目の弾を装填し、引き金を引いていた。


 二匹目のファングボアが、その巨大な牙を生やす頭部を射貫かれて倒れる。視線の先で赤い花が咲き、今度は悲鳴を上げることも出来ずに痙攣を始める。


 その時、仲間が倒れるのを見た3匹目が反転し、林へ向け駆けだした。その足は非常に速い。80キロは出ているのではないだろうか。


 俺はファングボアの走る先に素早く照準を置き、タイミングを合わせて引き金を引いた。


 放たれた三発目の弾丸が、二匹目の時と同様に頭部を貫く。脳を破壊されたそのファングボアは走る勢いそのまま、地面に鼻から突っ込んで動かなくなった。


 最後に、何とか立ち上がった1匹目に対して再度の射撃を行う。

 放った弾丸は二本目の脚を貫き、巨体を再び地面へ引き戻した。


 三匹のファングボアが倒れたのを確認して、俺は構えていたライフルを下ろした。使用した弾薬は4発。俺はボルトハンドルを引き、飛び出してきた未使用の弾をキャッチした。


「……本当にすごいわね。あっという間じゃない」

「銃が良いからね」


 感嘆の声を上げる真理に対し、ガチャッガチャッと一発ずつ弾を装填しながら言葉を返す。


 そう、この銃は普通ではない。


 通常、ライフルで正確な射撃を行う際は、試射をして個人毎に照準器を調整しなければならない(調整できない場合は狙う場所を変える必要がある)。そこで俺は、歩幅で25メートルの距離を測り(これが意外と正確に測れる)、土嚢(麻袋に土を入れたもの)で銃を固定した状態で試射をしたのだが、最初から紙に書いた標的のど真ん中に集弾したのだ。恐らく俺がスキルで召喚した銃であるため、俺の射撃に最適化されているのだろう。


「さて、じゃあ行こう」


 俺は偽装用のギリースーツ(荒い麻布に周囲の草を取り付けたもの)を羽織ったまま立ち上がる。真理も槍を持って続いた。



 ……まさか自分が本当に異世界に来ることになるとは思わなかった。人生は本当に何があるか分からない。


 残念ながら無反動砲を持ってくることは出来なかったし、手にしている銃もロクヨンでは無く手動の三八式だ。だが今のところこれで問題無くモンスターを倒せている。生活していくだけならこれで十分だろう。



 俺達は周囲を警戒しながら、倒れたファングボアの方へと向かっていった。

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