同窓会で美少女と出会う
同窓会と聞いて「楽しみ」と思うか「憂鬱だ」と思うかは個人によるだろう。
私見だが、前者には学生時代に良い思い出が多い者や今の自分に自信のある者が、後者には逆に学生時代にあまり良い思い出が無い者や現在の自分に自信が無い者が多いのではないだろうか。
ちなみに俺は後者だ。
なにせ、本日同窓会が開催されている高校では、酷いいじめを受けて中退しているのだ。良い思い出など全く無い。
「来るんじゃなかった……」
都心のホテル内にあるレストランで開催された今回の同窓会だが、始まって5分には早くも来たことを後悔していた。
周囲からは「ひさしぶり~」とか「変わらないな~」等々お決まりのやり取りが聞こえてくるが、俺は彼等彼女等が誰なのか全く思い出せなかった。そもそも当時ですら名前と顔が一致しないクラスメイトも多かった。
「失敗した……」
完全に手持無沙汰だ。会場の隅にあるこのテーブル席でちびちびとビールを飲むしかやることが無い。
「……しかし、どいつもこいつも高そうな服ばかりだな」
俺が通っていた高校は地元では進学校として有名な私立校で、裕福な家庭の子供も通っていた。卒業生の平均年収も随分高そうだ。量販店のスーツを着た俺は尚のこと浮いている。
時計を見るとまだ開始30分。あと1時間半もある。
このまま独り飲み食いを続けるのも居心地が悪いので、もう帰ろうと思って席を立ち、会場のレストランを出た。そしてそのまま1階へ降りるためエレベーターホールに向かう。
ああ本当に金の無駄だったな、などと考えながら歩いていた、その時だった。
「離してください!」
女の子の声。
見ると通路の脇で、高校生位の女の子が男に絡まれていた。
「っんだその目は! ナメてんのか!?」
俺と同年代位、つまり三十半ば程でいかにもガラが悪そうな男が女の子の襟を握り掴み上げている。これはいけない!
「ちょっとそこの人、何しているんですか!」
俺は大きな声を出しながら急いで近付いた。
「っんだてめーはっ、カンケーねぇだろが!」
俺が近寄っても男が手を放す様子は無い。俺は即座に実力行使に出ることにした。
少女の襟を掴んでいた男の手を片手で掴み、親指でツボを圧しながら捻り上げる。
「イテテテテテっ」
男は悲鳴を上げながら少女から手を放した。
俺はそのまま手首を極めながら、男を少女から離れさせる。十分離してから手を解放すると男はしばらく手首を押さえて痛がった後、俺を睨み付けてきた。
「テメーなにしやがんだ!」
「貴方こそ子供に暴力を振るうとか、何を考えているんですか」
俺は冷静な態度を崩さないようにしながら諭すように言った。
しかし男は立ち上がると、前蹴り、というかケンカキックを放ってきた。蹴った場所は俺の腹。しかし……
「うがっ!」
倒れたのは男の方だった。
何のことは無い。蹴りが当たる直前、腹筋を固めながら逆に前へ出たのだ。一種のカウンターである。バランスを崩して尻もちをついた男は、何をされたのか分からないといった様子だ。
俺はすかさず距離を詰め、顔を近づけた。
「暴力は止めましょう。いいですね?」
あえて笑顔で言う。すると男は何か不気味なものにでも出会ったような引き攣った顔を浮かべ、這うように逃げていった。
男が去るのを見送ってから、俺は絡まれていた少女に向き直る。
「えっと、大丈夫だった?」
「……はい、ありがとうございます」
少々ぶっきらぼうに聞こえる声で答える少女。
改めてみると、その少女は恐ろしく可愛かった。肩まで伸ばした綺麗な黒髪に切れ長の瞳の、十人がいれば十人が綺麗だというような絶世の美少女がそこにいた。更に、高校の制服らしいブレザーに包まれた体は高校生離れしたスタイルであり、グラビアアイドルでもやれば人気が出そうだ。
「……助かりました。それでは」
少女は頭を下げると、そのまま去ろうとする。中々クールな子だ。
「あ、待ってっ」
「……何か?」
少し警戒した様子で振り返る少女。「助けてあげたのに」と思わなくもないが、この子のような美少女はこの位警戒心があった方が良いだろう。先程の男のような変な大人は大勢いるのだ。
俺は床に落ちていたブレザーのボタンを拾い上げる。先程少女が襟を掴まれた時に取れてしまったものだ。
「ボタンが取れてるよ。上着を貸して? 付けてあげるから」
「……付けられるんですか?」
少女は意外そうだ。ボタンを付けるくらい男でも出来ると思うけど。
……ああ、裁縫セットを持っていると思わなかったのか。まあ、背広姿の三十過ぎ男だからな。
俺がビジネス鞄から裁縫セット(100均で購入)を取り出すと、少女は少し迷った後、上着を脱いで差し出してきた。
俺はパパッとボタンを縫い付け、上着を返す。
「はい、出来たよ」
「……物凄く上手いですね」
「まあ、このくらいはね」
職業柄、裁縫は散々やってきたのだ。何せうちの職場は就職すると真っ先に裁縫をやらされることで有名だ。あと靴磨きとアイロンがけも
俺は少女のブレザーに問題が無いことを確認すると裁縫セットをしまった。
「ありがとうございます。……おじさん、強いんですね? 格闘家か何かですか?」
「いや、俺はしがない自衛官だよ」
「自衛官、ですか」
そう、今使ったのは自衛隊で学ぶ格闘術の応用だ。訓練以外で使用したのは初めてだったが。
その時だった。俺が出てきたレストランの方から一人の女性が走り寄ってきた。
「真理っ」
二十台後半に差し掛かった程に見えるその髪の長い女性は傍まで来ると、女子高生らしい少女に向かって声を掛ける。
「もう、なかなか帰ってこないから心配したのだから。……こちらの方は?」
その女性(顔が少女に似ているので姉妹だろうか)は俺に少し警戒したような目を向けてきたが、すぐにその目を驚いたように見開いた。
「……もしかして、カノウ君?」
名前を呼ばれる。
「えっと…」
「……覚えてないですか? 三嶋です、三嶋夕夏」
「……ああっ、三嶋さん!」
思い出した。確かにクラスメイトにそんな名前の女子生徒がいた。何度か話もしたことがあったはずだ。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだね」
同窓会開始から三十分を経過して、俺はようやく会話できる元同級生に出会った。