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日露開戦へ

日露開戦へ


神が源太郎に与えた次の試練が日露開戦の1年前にあたる明治36年の対ロシア戦の最高情報担当者の田村怡与造の急死であった。


田村怡与造は山梨県出身で「今信玄」と呼ばれており、日露が開戦することを前提でロシアに関する情報を集め作戦、立案する任務に付いていた。


当然一旦戦争が始まるとロシアの情報を全て熟知している彼がすべての戦略、戦術を立てそれに基づいての戦闘が行われる予定であった。このポジションが容易に他の人間と交代できない理由がここにある。


余談ではあるが日清戦争は鹿児島県出身の川上操六が対清の情報分析担当で戦争が始まると全て彼の戦略で戦った結果、勝利に結びついたのである。


しかし田村怡与造の急死によって源太郎は対ロシアの作戦立案ができるのは自分しかいないという理由で大臣職を辞して参謀本部次長就任という降格人事を快諾した。


大臣から参謀本部次長への二階級以上の降格人事は長い陸軍の歴史の中でも源太郎が最初で最後である。


当の源太郎にとっては国家百年の計を鑑みるとたかだか自分の身分のことなどはもうどうでもよかったという心境であったのだろう。


ここで日露開戦前の日本の世論について述べる。


この当時は太平洋戦争前と違ってロシアとの戦争反対はむしろ明治政府のほうであった。


あろうことか国民のほうが三国干渉に対する「臥薪嘗胆」を合言葉に結束をして政府の弱腰を突き上げる始末であった。


学会も東京帝大の7人の博士が軍部に詰め寄り「今戦争をしないとはどういうことか」と必死に口説く有様であった。


当時の首相桂太郎は大学教授に言った「今はあなたたちの意見を聞いている暇はない我々は砲弾の数と相談しているのだ」と全く取り合わない始末であった。




政財界への働きかけ


児玉は逼迫する日露情勢を前にしても煮え切らない非戦派であった政府と財界に自分が談判することに決めた。


自分以外にこの難しい仕事ができる人物は国内でいないと思ったからである。


当時の政界のドンであった伊藤とは旧知の仲であったし盟友でもあるので腹を割って話すことができた。


「児玉君、軍人としての君にまず率直に聞く、日露が開戦して勝てるか?」

「伊藤閣下、まずは五分五分です。うまく知略を使ってよくて六分四分です。しかしこれはあくあくまでも今の数字で、時間が経てば経つほどシベリア鉄道が完成して満州へ送られてくるロシア兵力は増強されてしまい1年後にはもはや五分五分も夢の話になります。今ならまだ間に合います、どうかご判断を!」


と膝詰めで答える児玉に

「わかった彼我の戦力を知り尽くした君が言うことだ。不本意ではあるが開戦に踏み切ろう。今日の結論は元老会議の総意ということで桂総理に伝える。あとは陛下の採決を待つのみだ。」


と応じた


政界の許可を取り付けて一方、財界の重鎮といわれた渋沢栄一のところに出向き


「渋沢さん、今ロシアと戦わないと日本の未来はない。大国ロシアは弱小国日本がまさか戦争に打って出るとは思っていない。われわれを侮っている今が最後のチャンスだ。」

と説いた


「児玉さん今、日本中の金庫をさらってもそれだけの戦費は出ない。金がなければ戦争は勝てないことは貴方が一番よく知っているだろう。」


と無碍も泣く突っぱねたのであった。


梃子でも動かない渋沢のもとを辞した児玉は決してあきらめなかった。


次に財界ナンバー2の日本郵船社長の近藤廉平のところに行き同じことを説いた後、彼に満州視察旅行をさせたのであった。


しばらくして視察から帰った近藤廉平は渋沢栄一に

「渋沢さん、どうもこうも満州はロシアの鉄の色一色に染まっていました。児玉君が言うようにこのままでは数年のうちに日本はロシア軍によって滅びるしかないでしょう。」


と満州で見たままを語ったのである。


同じ言葉でも軍人が言うのと経済人が言うのでは意味が全く違う。


近藤の言葉を真摯に受け止めた渋沢はもう一度児玉と時間をとって会合をもった。


「児玉さん、日本郵船の近藤君から満州の様子は聞きました。とんでもない状況だと彼は言っていました。ところで仮に開戦したとして勝つ見込みはいかがですか?」


「渋沢さん、とうてい勝つまではいきません。総力をあげ、なんとか戦いを優勢に持ち込み、あとは外交によって戦を終わらせるのがやっというところです。しかし日本軍が作戦の妙を得、将士が死力を尽くせば、今ならなんとかやれる。近藤さんが満州で見たとおり日本はここで決断して国運を賭して戦う以外に道はない。どうか財界のご決断を!」


感極まり泣きながら説得する児玉に渋沢は


「わかった児玉君、私もそのときには一兵卒として戦場に出るよ。開戦に備えてこの身を挺してでも資金調達をしましょう。」


と涙ながらに答えたのであった。


ここに政界、財界の了承が揃ったのであった。


児玉は日本人を代表して反対派に主戦論を説き、その後は軍服に着替えて満州へ作戦指導へと赴くのであった。


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