勇者、獣王国へ
クロッセアの自宅。
門番をしている近隣の貧困層の男に手を上げ挨拶をすると中に入った。
幹部候補達は初めて入るが驚きの声が幾つか上がった。
クルンとガルーの兄妹も初めての転移と俺の屋敷を見て困惑していた。
昼時だったので雇っている若い少女二人に食事を作らせようとしたのだが既にブルースが連絡していたのか、食堂にはそれなりの料理が用意されていた。
食事を取り風呂を浴び広間に入ると既にブルースの本体と訪問に同席していたユリアン、チトセとその保護者代わりのシノンが来ており準備は万端だった。
ちなみにブルースは座禅を組み瞑想、チトセは嬉しそうな顔をして特大なプリンを食べていた。
「シノン、幹部候補、セレナ隊は屋敷で待機だ。ユリアンもな。俺、ブルース、チトセで獣王国に向かい魔人を見つけ次第確保、無理ならば殺す。良いな?」
「待てソラト!私も連れてけ!」
「そうだ、大使としての任はどうなる!私も連れていってくれ。」
俺の決定にセレナとユリアンが異議を申し立てる。
だが危険が伴う場所に二人を同行させる訳にはいかない。
俺はその部分を強調して二人を諭すが聞く耳持ってくれない。
「ブルース、転移だ。」
こうなったら物理的に撒くしかない。俺はプリンを食べているチトセの襟を引っ掴みブルースに転移させた。
「あ!ソラトッーー」
すまない、セレナ、ユリアン。あ、クルン、ガルーを連れてくるのを忘れてしまった。まぁ、危険が去るまでなら屋敷にいた方が安全だ。その後に呼べば大丈夫だろう。
この時俺は油断していた。
後にあんな事になるとはおもっていなかったのだ。
だがそれはもう少しだけ未来の話である。
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ミンストレイル王国勇者・ユキヤは現在獣王国を訪れていた。
新たな国王マルスに許可を得て同行するのはトト・ネム・ワタメの三人を連れ転移魔法を使いあっという間の道程である。
前国王を処刑したエルフ、クロッセアの守護者を名乗る者、そして謎の女性ブルースの主スカイと名乗る男の手掛かりを探していた。
王国の密偵が手に入れた情報、黒い髪の男が獣王国に居るとの報告を受け彼は会うことを決めたのだ。
ユキヤは確信していた、獣王国でどちらかに会える筈だと。
守護者もやり方は卑劣ではあるが何も間違ったことはしていない。
あそこまで大規模な粛正など間違っているとユキヤはモヤモヤを抱えていた。
このモヤモヤは何なのか…会えば解決出来るとユキヤは思っていた。
久方振り獣王国王都ビースティアに足を踏み入れたユキヤは依然の和気藹々とした空気ではなく張り詰められた緊張感を感じていた。何かある。ユキヤは感付いた。
近くに居た兵士にユキヤはこの静けさの原因は何か?と尋ねる。兵士は訝しげにユキヤを見るもその腰に差した聖剣の輝きに一人うなずくと態度を改めた。
「これはこれはミンストレイルの勇者様。申し訳ありません、只今魔人の侵攻を受けており王都内は半ば狂乱状態となっております。詳しくは王城で陛下にお尋ね頂ければと」
「魔人だと?そうか…ありがとう」
ユキヤは軽く声を返しその足で王城へ急いだ。
依然獣王国へと足を運んだのは三ヶ月ほど前、拉致されミンストレイル王国内に連れ去られていた、第三王女リリアを国元へ返す為に足を運んだ以来である。
様々な陰謀渦巻く宮内での後継者争い。
それに巻き込まれ奴隷となってしまったリリアは涙を流さず懸命に生きていた。
リリアは元気だろうか…と思いを馳せ王城の門前に辿り着いた。が文字通りの門前払いを受けてしまう。
「ならん!今は緊急時、如何なる者もこの門を通すなと陛下からの勅命である!」
若い門番はそう言い退けるとユキヤの胸を押し下がらせた。だが、善人の塊のようなユキヤは融通の聞かぬこの若い門番にも笑顔を見せ、
「では後程訪問する事にします。陛下か宰相にこの手紙を渡して頂ければいいので」
と自分の宿泊する宿の名前と『お困りならば何時でも手を貸す』と一筆書いたメモを手渡した。
獣王国王都に入り二時間ばかしが経過した後、宿で休んでいたユキヤの元へ王の勅命を受けた兵士が尋ねてきて、国璽の押された質の良い手紙がユキヤの元に届けられた。
「勇者ユキヤ様、先程は大変失礼を致しました。陛下は改めて王城にお越しする様にとのこと。先程の門番は最近雇ったばかりの世間を知らぬ若者ゆえ非礼をお許しください。お望みとあらばあの者を処する覚悟もございます。何卒…何卒、ユキヤ様のお力を是非お貸しください。」
ユキヤはそれを聞き慌てて門番の若者に刑罰を与えるのはやめてくれと声を掛けすぐに準備を始めた。
トト達は同行していいのか尋ねると是非にと言われたので連れていくことにした。
王城に着くと先程の若い門番が平身低頭していたがユキヤは彼を立たせると笑顔を向け中に入っていった。謁見の間には国王、王妃、宰相、先程まで会議していたであろう獣王国の主だった面々に王太子、第二王子、第一王女から第三王女リリアの姿もあった。
輝く金の毛並みに厳めしい相貌の獅子族最強にして国王であるレオンハルト三世が今はその顔を崩し優しく笑みを讃えている。
その少し離れた場所では第三王女リリアがユキヤ達に手を振っていた。
「ミンストレイルの勇者よ、久し振りだな。歓迎したい処だが今は難事…すまんの」
「陛下、お気になさらずとも我が力、獣王国のために振るいましょう。微々たる物ではございますが国難に共に立ち向かわせて戴きたい」
「おお、そなたが居れば百人力!いや千人力に匹敵するだろう!魔人との戦い、我も共に前線で剣を振るおうぞ!」
「ええ、光栄に思います!」
獣王国は戦士の国である。
国王から宰相、果ては平民に至るまで皆国難には兵として剣を振るう。それが獣王国の強みであった。
建国して二千年もの間、未だに滅びていないのはその国政によるものでもあった。
今国王が口にした前線で共に戦うという言葉には嘘偽りはなく額面通りの言葉であった。
その時伝令が飛び込んでくる。咎める声もあったがその焦燥を浮かべる表情にただ事ではないと判断した国王は発言を許可した。
「只今東の街道にて魔人の侵攻を確認、守備に向かった兵三千は壊滅。しかし突如現れた男女三名が侵攻を食い止めているとの情報です。その者達は外套を被り素性は知れません」
それは絶望と希望が折り重なった伝令であった。ユキヤは確信している。スカイ、もしくはそれに与する者のいずれかであるだろうと。
「陛下、俺達は先行します!伝令の方、案内を!」
「はっ、畏まりました」
ユキヤはすぐに行動に移すと伝令に導かれその場へとかけだした。
間もなくユキヤとソラトは邂逅する。




