熊の兄妹
ダンジョン内に獣人が居るという報告を受け俺はシアと共に現場に向かった。
現場では既にブルースの分身体が回復魔法や状態異常回復魔法などを使用していた。
「獣人…熊か?」
大きな丸い耳とがっしりとした身体の男がそこには横たわっていた。
なんだ、男か…などとは言わない。
そこまで女に餓えているわけではないし、現状で満足しているのだ。
これ以上増えられたらこちらの身が持たない。
いや、魔王化してから絶倫にはなったが、それは余計な話だな。
俺は熊男の頬をペシペシ叩く。
力は入れてないからそこまで痛くないはずだ。
「うっ…ううっ」
「よぉ、気がついたか?」
「ここは?お、お前は誰だ?!ひぃっ!」
ブルース分身体を筆頭に幹部候補共が武器を構え臨戦態勢で熊男を睨んでいる。
俺は止めろという意思を込め手を軽く振るうと熊男に尋ねた。
「お前はどこから来たんだ?どうしてここにいる?」
「あっ、あぁ、俺も良く分かんねえんだ…そうだ、クルン…弟を探さなくては!」
熊男は立ち上がろうとするが俺は腕を掴みそこに座らせる。
「俺の気配探知と配下達が探す。お前の弟だったか?俺の気配探知ではそれらしき奴は引っ掛からないな…それよりお前の身元をはっきりしよう。名前と住んでた国は?直前の記憶で何が起きたかも教えてくれ」
名前なんて鑑定で分かるのだが今は話して落ち着く事が大事だと判断した俺は話題を降る。
まだ混乱しているようだが息を整えブルースが差し出した水の入ったコップを受けとり喉を潤すとゆっくり語り出した。
「俺はガルーだ、熊族の獣人だ。獣王国の戦士で森にて帝国の警戒の任務をしていたんだ。そう…確か複数の魔人が現れていきなり陣地が黒い波動に包み込まれて気付いたらあんたらが…なぁ、俺はどうなったって良い!弟を探してくれないか?」
魔人…それも複数か。
ギルバートみたいな奴が何人も居ると考えれば少し厄介かもしれない。
俺、ブルース、チトセでかかれば余裕だろうが三対一の状況を作るのは難しいだろう。
獣王国か…一度足を運ぶ事を考えねばならないな。
「ぁ…!ーーなぁ!聞いてんのか?」
「やかましいぞ、クマ公!今お前の弟を探してやってんだ、少し静かにしろ!ブルース、本体と通信を。急いで獣王国に向かい近隣の森を調査しろ、獣王国が危険かもしれん」
「既に同期してるでござる。あと五分ほどでクルン殿の居た森周辺に着くでござる」
その時この場所から五キロほど離れた場所に弱々しい反応を見付けた。
南東に五キロ、俺なら転移とマップですぐだな。
「分かった、なるべく迅速に移動しろ。おい、クマ公。お前の弟らしい反応を見付けた。連れてくるからここで待ってろ」
「えっ?!おい、ちょっ!!」
俺は転移し、弱々しい反応のあった場所に辿り着く。
怪我をしているのか血塗れになり周辺を魔物が囲んでいた。
万事休すのところだったようだ。
俺は魔法を唱え群がる雑魚を処理すると弱ってる奴の顔を覗く。
熊耳が生えてるが少しさっきのクマ公より美形な顔をしている。
患部は腹が抉られてるな、これ以上の出血はまずそうだ。
俺は患部を凍らせ、ちっこいクマを肩に担ぐと元の場所へ転移で戻った。
「お帰りでござる!」
「あぁ、止血はしてあるがこれ以上の出血がまずそうだったんで回復を頼む。それとこいつがお前の弟で間違いないか?」
俺は確認をした。
ステータスを見たがこいつは弟ではないはずだ。
名前は一致していたがこのクルンの性別は女だったのだ。
「あ、あぁ!間違いない!弟のクルンだ!」
「確保しろ」
俺は命令を出しクマ公を捕らえた。
この場で嘘を吐くのならば何かしら後ろめたい事があるのは確定している。
場合によってはこいつは処分しないとな。
「主殿、本体から連絡があったでござる。森周辺にあったであろう陣地には兵が全く居らず地面が半円形に抉れてるとのこと。この男が言ったことは嘘ではなさそうでござる」
「そうか、急ぎ獣王国へ赴き事情を聞け。帝国の敵対者とでも言っておけば話くらいは聞いてくれるだろ。それでダメなら少し手荒に城へ入れ。俺が許可する。まぁこのクルンとやらが目覚めるまでは拘束しとけ」
「なぁ、あんたら主従関係みたいだけど何者だ?人…なのか?あと獣王国の城に入る…?どういうことだ?!」
「……」
捕まっといてやかましい奴だ。
俺は無視し近くに椅子とテーブルを設置しようとした。
砂地なのでテーブルと椅子が安定しない。
俺は地面を凍らせ水平にするとそこに椅子とテーブルをセットし、セレナが入れてくれた紅茶を飲みクルンが目覚めるのを待つ。
一時間が経過した頃ようやくクルンが目覚める。
「ふぇ…ここ…は?僕…死にかけてた筈じゃ…」
「クルン!助けてくれ!何故か捕まってるんだ!」
「え…?に、兄さん!どうしてこんな所に?って…ここはどこ?」
色々と景色や状況が変わり混乱しているクルンは周囲を見回しているが俺は側までゆっくり歩きクルンに質問をする。
「こいつはお前の兄で間違いないか?」
「えっと…あなたは?」
「良いから質問に答えろ。お前の答えによってはこの男は死ぬ事になる」
「え?!ぼ、僕の兄、ガルーで間違いないです!」
「そうか、このクマ公とは少なくとも面識はあるか。だがこいつはお前の事を弟だと言った。俺は人のステータスを見る事が出来るんだ。だが、それが引っ掛かっててな。説明できるか?」
「えっと…すみません…兄の勘違いが激しくて…僕…私は何度も女だと説明してるのですが信じてくれなくて…兄はバカなんです」
あぁ…なるほど……話を聞いてやっと得心が言った。
このクマ公はクルンが生まれる前から兵士として軍で働いていた。
クルンは双子だったのだが、先に生まれた兄は亡くなってしまった。
その情報が届く前に母は死亡。
父もクルンが生まれる直前に死亡していたという。
他に面倒を見れる親族が居らず孤児院で育ったクルンは軍に入りガルーと出会う。
クルン自身も一目で兄と感じたのか二人はお互いのことを直ぐに理解したらしい。
しかしガルーは兵士…獣人風に言うと戦士か。
だったし、大した教育も受けてない。
つまり脳筋だった。
クルンは何度も女だと説明したがガルーは聞く耳持たず男として扱うばかり、数年で説得は諦めたという。
「なるほど…だ、そうだ。クマ公、お前が弟だと思ってたのは妹なんだ、理解したか?」
「え…う、嘘だろ?そんなの初めて聞いたぞ?!」
クルンが頭を抑え蹲る。俺も同じように頭を抱えたくなってしまった。
「とりあえず獣王国まで送ろう。他に兵士…いや、戦士だったか?が居たら送ってやるから安心しろ」
「主殿、本体から連絡が入ったでござる。魔人が五体獣王国の城を襲撃中との事。如何なさるか?」
あー、もうどうしてやたらめったら厄介事が舞い込んでくるかなぁ…
「仕方ない、探索は中止。直ちにクロッセアへ帰還しその後チトセを連れ獣王国へ向かう。クマ公、チビクマ、お前らはどうする?」
「連れてってくれ」
「ぼ、僕もお願いします」
「分かった、俺はお前らを守らないから自己責任で頼むぞ?」
俺は散らばっていた幹部候補達を連れ一度クロッセアに転移した。




