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6.仕事

「ブラザー! いいものがあるよ!」


 ジョンは白い歯をのぞかせ、強面の二人組に話しかけた。


 よくあんな人に声をかけられるな。シンジはジョンに感心しながらも、白けた表情で、他の客を探す。

何で俺がこんな仕事をしなければいけないのか。シンジは先ほどの孝四郎の言葉を思い出す。


「ここにあるものを全部売ったら、20万なんてあっという間ですよ」

「え?」

「嫌ですか?」

「あ、いや、何と言うか、もっと、違う仕事をさせられると思ったんで……。例えば、白い粉を運ぶ仕事とか」

「ここはしがない雑貨屋ですよ。そんな仕事はありません」

「でも、戸籍は手に入るんですよね?」

「そういうこともあるって話ですよ」


 キャッチ以外の仕事を紹介する気がないように感じたから、シンジは諦めてキャッチの仕事をすることにした。そして今に至る。まだ、客は一人も捕まえられない。


「またよろしく頼むよ、ブラザー」


 ジョンは笑顔で客を見送った。客は店にすら入らなかったのに、ジョンは笑顔で対応する。手練れのキャッチだな、とシンジは思った。


「あの、ジョンさん」


 シンジが声をかけるが、ジョンは明後日の方向を向いたまま、反応しない。


「あの、ジョンさん?」


 シンジはもう少し大きな声を出す。しかしジョンは、やはり反応しなかった。


「無視ですか!?」

「あ、何?」ジョンは煩わしそうに目を向ける。「世界の子どもたちを貧困から救う方法について考えていたんだけど」

「立派ですね」

「で、何? 何か用があるの?」

「特に用と言うわけではないんですが、何かお話しできたらなと思いまして」

「仕事中は私語厳禁だよ」

「意外と厳しい職場なんですね」

「むっ」とジョンは宙を睨む。「今、ワクチンを効率的に運ぶ方法が閃いたぞ」


 ジョンは思案顔になって、ぶつぶつと何事か呟きはじめる。


 本気かどうかはわからないが、会話をする気がないことを察したシンジは大人しく、キャッチをすることにしたが、元々人通りが少ないし、人が来ても、大抵強面だから声をかけることができなかった。


 しかしジョンは違った。相手が何者であっても、とりあえず声を掛ける。


「おう、ブラザー! どうだい? 見て行かないかい?」


 働くジョンの姿を見て、シンジは「45」と自分に言い聞かせた。45年。シンジが精神的に生きてきた年数だ。45年も生きた男が、キャッチの一つもできないなんて情けない。シンジは気合を入れ、表情を引き締めた。


 ちょうど、大学生風の男が目の前を通り過ぎようとしている。シンジはにこやかな顔で、「あの、ちょっといいですか?」と声を掛けた。


「いや、たいしたもんですね。初めてなのに、皿を三枚も売るなんて」

「まぁ、はい」


 45年も生きていれば皿を売るなんて造作もないことだ。しかし売った相手が、お年寄りばかりだったのは、少しだけ心苦しい。騙したみたいで、申し訳ない。


「今日の売上、1万8千円は君の物です」


 孝四郎から紙幣を受け取る。戸籍を手に入れるためにはまだまだ足りない。


「閉店時間だよ」とジョンに肩を叩かれる。「さぁ、帰った。帰った」

「泊まる場所がないんですが」

「ホテルならたくさんありますよ」


 やはりそうなるか。シンジは渋い顔で紙幣をポケットにしまった。他に金を稼ぐ手段を考える必要があるようだ。


「そう言えば、浦さんは人に恨まれるようなことしていますか?」

「恨まれるようなこと?」

「浦さんがそんなことするわけないだろう!」

「そうですか。なら、いいんですけど」

「何か、気になることでも?」

「いえ、とくには。それじゃあ、また来ます」

「待ってください。私たちも帰るところです。途中まで一緒に帰りましょう」


 孝四郎たちの閉店作業を少しだけ手伝い、シンジは孝四郎とともに店を後にした。


 夜になり、一層寂しくなった路地を三人で歩く。


「シンジ君は不思議な人ですね」

「え、そうですか?」

「はい。見たところ、子供なのに、大人のような落ち着きのようなものがあります」


 そりゃあ、中身は45のおっさんだからな、とシンジは心の中で苦笑する。


「そうですか? 俺には生意気なガキにしか見えないよ」

「ジョンもそのうちわかるようになりますよ」


 3人は近くの駐車場まで来た。孝四郎とジョンは車で帰るらしい。孝四郎は、シンジに安いホテルへの生き方を教えると、「それじゃあ。また明日」と微笑む。


 車に向かう二人を、「ちょっと、待ってください」とシンジは呼び止めた。


「何だよ」


 ジョンが不機嫌な顔で振り返る。


「10秒です。10秒その場から動かないでください」

「はぁ? 何でだよ」


 孝四郎は、歩き出そうとするジョンの手を抑え、探るような視線をシンジに向けた。


「5、4、3、2、1」


 0と同時に、駐車場にあった一台の車が爆発した。白の軽自動車だ。孝四郎とジョンはしゃがんで身を守る。シンジは爆発を確認すると、踵を返し、駆け出した。


「あ、おい、待て!」


 ジョンはシンジを追いかける。今の爆発について、ちゃんと説明してもらうつもりだ。


 シンジは右に左に曲がり、路地を駆ける。追いかけてくるジョンなど気にしていない。そして、雑居ビルから出てきたスーツの男を認めると、加速し、何事かと振り返った男の顔に拳を叩きこんだ。


「いったぁ! このクソガキ! 何してくれとんじゃ!」


 男は怒りを露わにする。が、「おい、待てって!」というジョンの声に驚く。


「な、何で、あいつが生きとるんじゃ」

「おい、シンジ。意外と、速いなお前」ジョンはシンジのそばで尻餅をついている男を一瞥し、「あ、お前は!」と声を荒げる。

「やべぇ」


 シンジは逃げようとする男の顎を蹴りぬき、意識を奪った。


 ジョンは倒れた男の顔を覗き込み、「やはり間違いない。この男はよく知っている。まさか、こいつが爆発の犯人か?」と言った。


「よく、彼が爆弾を仕掛けていたとわかりましたね」


 薄い笑みをうかべた孝四郎が闇の中から現れる。


「まぁ、たまたまですよ。キャッチをしているとき、何か怪しい奴がいるなぁ、と思ったんで」

「へぇ……」


 嘘ではない。シンジは仕事中、遠くからこの店の様子を探るこの男を見つけていた。不穏な空気をまとっていたから、【幻視虫】を発動した。幻視虫は幻覚魔法の一種で、発動すると、蛍のような虫が現れる。その虫の光によって幻覚が生じるのだが、光るタイミングや行動は術者が操作でき、虫の目を通し周りの状況を確認できることから、幻視虫を使って、男を監視し、爆弾は手動式だったので、幻覚を見せることで誤爆させたのだ。


 もちろん、そんなからくりがあることを孝四郎に話したりはしない。そのため、疑いの目を向けられても、笑ってごまかす。


「まぁ、いいでしょう」


 孝四郎は男のそばに立ち、思案顔で男を眺めた。


「シンジ君」

「はい」

「あなたは戸籍が欲しいんでしたね?」

「はい」

「なら、店に戻って、色々準備しましょう」

「作ってくれるんですか?」

「ええ。もちろんですよ。あなたは命の恩人なのですから」

「お願いします。でもいいんですか? お金はありませんよ」

「お金はいりませんよ。シンジ君とはこれからも仲良くしたいですからねぇ」


 孝四郎の善意とは言い難い微笑みに、シンジは苦笑で応えた。

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