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異世界転生おっさん、帰還して元いじめっ子の娘に惚れられる  作者: 三口 三大
帰ってきたおっさん(リメイク版)
55/56

22 優しい嘘

リメイク版です。

「……そしてお前は、杉本を自殺させ、菜穂も殺そうとしたわけだな」

「ち、違う。自殺させるつもりはなかった」魔法に慣れてきたのか、男は話すことができた。左頬は引きつったままだが。「あいつが、勝手に。俺は生かして、もっと、地獄を見せるつもりだった」

「なるほど。ということは、杉本が勝手に動いたのは、能力に勝る強い気持ちを持っていたということか。あんなんでも、人の親だったということだな」

「はぁん? 人の親? あんなクズが。あんなクズが、人の親なんて、そんな」

「あんたの気持ちもわかるよ。俺だって、あいつが人の親になるなんて、全然思っていなかった。でも奴は、なったんだよ。人の親に」

「何をわかった風な!」

「俺も、いじめられていたからさ」

「な、何!?」

「信じられないかもしれないけれど、俺は一度死に、転生してこの世界に戻ってきたのさ。そして死ぬ前の俺も杉本にいじめられた過去がある。中学校のときのことだけど。だから、あんたは俺のこと、知らないかもしれないけど」

「そ、そんな馬鹿なことが」

「ないとは言えないだろう? あんたの力だって、一般人からしたら馬鹿げた力だ」

「そ、それなら、何で、あいつの娘となんか付き合っているんだ!? そうか。わかったぞ! お前も復讐したいんだな! 娘を利用して、杉本に」

「言っておくが、俺は菜穂とは付き合っていない。そして、菜穂を利用して、杉本に復讐しようとも思っていない」

「なぜ? あいつのせいでお前も人生を狂わされただろ!?」

「そんなことないよ。まぁ、確かに、その影響がなかったとは言えなけれど、でも俺は、それなりの人生を送ることができたよ」

「ど、どうして」

「他人を恨むことで前にしか進めないお前と、他人を恨まずとも前に進める俺の違いかな」

「くっ、くそがぁ……」

「さて、あんたにはこれから仕事をしてもらう。あんたがやったことの落とし前を付けてもらおうか」


 真治は男の頭から手を放した。


「立て」


 男は立ち上がる。男の精神と肉体は乗っ取った。


「体が、勝手に!」

「こっちだ。来い」


 真治は菜穂の部屋へ向かいながら、【自動記録】を発動した。これは、異世界で真治が開発した魔法で、見た風景をビデオのように記録しておく魔法だ。この魔法を使い、真治は美術館での出来事を振り返った。美術館には、確かにこの男がいた。さらに橋の風景も振り返ってみると、遠いが男の姿がある。自転車で通り過ぎたときも男を視界にとらえていた。


「……これが平和ボケってやつか」


 ここでなら平穏な暮らしができると思っていたが、考えを改める必要があるようだ。


 部屋に入る。真治は振り返って男の反応を伺う。男は自分の目を疑っているようだ。それもそのはず、血だらけだったはずの部屋に、血は一滴もなく、床で眠る杉本には、傷跡が無かった。菜穂はベッドで眠っている。


「馬鹿な! 二人は死んだはずじゃ」

「ああ。杉本の方は、間に合わなかった」真治は悲痛な顔で語る。「あと10秒早く、菜穂の生徒手帳を見たことを思い出すことができたら、助けることができたんだ。間に合わなかった。だが、菜穂は生きている。あんたに幻覚を見せたからな」

「え、つまり、俺が殺したのは幻覚?」

「そうだ」

「でも、杉本が自分を刺したのは、事実なんだよな?」

「ああ。だから、魔法できれいにした。この場所に、悲惨な臭いは似合わないよ。そしてお前には、これから仕事をしてもらう」

「な、何だ!」

「今のあんたなら、簡単な仕事さ」


 真治はベッドに座り、眠っている菜穂を眺めた。男の記憶を通して見えた菜穂の顔が重なる。


「菜穂には、謝らなきゃいけないことがいっぱいあるな」


 真治は菜穂の頬を優しく撫でた。


「起きて、菜穂」


 菜穂は一度目を強くつむり、ゆっくりと目を開ける。眠け眼であったが、真治を認め、跳ね起きる。


「真治! 何で!」


 そこで菜穂は、眠る前のことを思い出し、部屋を見回す。男を見つけ、悲鳴を上げ、真治に抱き付く。


「真治! この人が、パパを!」

「菜穂。聞いてくれ」真治は菜穂の肩を抱き、見つめた。「菜穂は夢を見たんだ。父親が殺される悪夢を。見てみろよ、この部屋。誰かが殺された部屋に見えるか?」


 菜穂は改めて部屋を見回し、首を振る。菜穂には、杉本が見えていない。


「なら、この人は」

「菜穂。あの男の目を見ろ」

「えっ?」

「きっとそこに答えがあるぜ」


 菜穂は戸惑いながら、男と目を合わせた。その瞬間、真治は男の脳をいじり、感情を操る。男の目が光った。菜穂の目が濁る。取りあえずは、能力の発動に成功したようだ。


「お嬢ちゃん」真治は男に喋らせる。「俺に会ったことは忘れろ。お嬢ちゃんが俺に会って、見たものは全てまやかしだ。だから、忘れろ。いいね?」


 菜穂は頷いた。


 菜穂の目の濁りが薄くなる。それに合わせて、真治は【睡眠魔法】を使い、菜穂を眠らせた。枕に頭をのせると、布団を掛けて、立ち上がった。


「な、なぜだ。なぜ、こんなことをさせた。それに、俺の力は、女には」

「だから、女にも使えるように、俺が精神をいじったのさ。それに、あんたにこんなことをさせたのは、あんたの能力が精神に干渉する能力で、都合が良かったからさ。あんたが自由に使えないだけで、この力そのものは、非常に優秀だ」

「お、お前だって、似たようなことができるんだろ? い、今だって、俺にやってるじゃないか」

「言ったろ? 俺は【精神魔法】が下手くそだって。危険な魔法を、菜穂に使うわけにはいかない」

「ふ、ふざけるな! 俺がどうなっても良いというのか!」

「その言葉、あんたの代わりに、ムショ送りになった後輩や運転手に聞かせてやりたいね」


 男は、言葉に詰まり、真治を睨んだ。しかし、真治は涼しい表情で受け止める。


「それに、あんたの力を使ったのには、もう一つ理由がある。この家族の不幸は、すべてあんたのその力から始まった。だから、その力で終わらせるのが、ケジメってもんだろう?」

「ぐっ、ぐぎぎぎ」

「さて、あんたにはもう一つだけ仕事をしてもらおうか」

「これ以上、何をさせるんだ!?」

「杉本に説得力のある死を与える」

「は? 杉本は死んだんじゃ」


 むくりと杉本が起き上がった。男は悲鳴を上げ、飛び退く。杉本の顔には生気はなく、死人のままだった。


「生きた人間を思いのままに操るのは、俺にとって難しいことなんだ。しかし、対象が人間の形をしたモノだったら、動かすことができる」


 男は愕然と真治を見た。


「あ、悪魔か、お前」

「お互い様だろ?」


 真治は不敵に笑った。


 計画を実行に移す前に、男がいた形跡を消すため、リビングに移動した。血の跡が付いたグラスは、男が来る前までの状態に戻し、棚にしまった。ケーキの残りは男に食わせ、皿も時間を戻すことできれいにした。


 ふと、そのとき、真治は菜穂とのやりとりを思い出した。杉本はケーキを食べないし、買わない。それなのに、どうしてここにケーキがある?


 男の記憶をたどると、杉本は返ってきたときから、小さな箱を持っていた。台所にはその箱がなかった。冷蔵庫を開けると、洋菓子店と思しき名前の書かれた箱があった。取り出して、中を確認してみると、ケーキが一個あった。男に食わせた分も含めると、ケーキは二つあったことになる。


 ケーキを買わない、食べないはずの杉本が、ケーキを二つ買ってきた。その意味を真治は考える。


「……お前も変わったんだな」


 真治はしみじみと呟き、スマホで洋菓子店の場所を調べた。





 まどろむ意識の中で、誰かに声を掛けられた気がする。しかし目を覚ましたとき、周りには誰もいなくて、きっと夢でも見ていたのだろう。と菜穂は思った。


 スマホで時間を確認すると、12時になろうとしていた。長い二度寝をしたようで、菜穂は苦笑する。スマホには色々メッセージが届いていた。その中に真治の名前を見つけ、ドキッとする。


シンジ:電話の内容は何だったの?


 電話?


 菜穂は小首を傾げる。真治に電話をした覚えはなかったが、確かに、電話した形跡があった。


「寝ぼけていたのかな?」


 昨日の今日で、真治に対し、メッセージを送るのは気が引けた。しかし、これをきっかけにできたらいいな、と期待する自分がいた。


「何て送ればいいんだろう?」


 菜穂は悩む。


 喉の渇きを覚え、お茶を飲むことにした。冷蔵庫を開けたとき、棚にある小さな箱に気づいた。


「あ、これって」


 菜穂は明るい表情で箱を取り出した。それは、菜穂がよく利用する洋菓子店の箱だった。


「パパが買ってきたのかな? いや、でもパパが買うわけないしなぁ」


 菜穂は懐疑的に思いながら、箱を開けた。中にはショートケーキが二つ入っていた。


「お姉ちゃん……が、平日の日中に来るとは思えないし、やっぱりパパなのかな?」


 朝、ケーキを食べたいとは言ったが、あの父親がその願いを聞いてくれた?


 そんな馬鹿な、と思いながらも、菜穂は胸が高鳴った。状況的に、買ってきたのは父親しか考えられない。あの父親が買ってきたのだ。


「どういう風の吹き回しだろう?」


 菜穂はリビングの椅子に座り考える。


 どうして父親はケーキを買ってきたのか。しかも、二つ。二つ食べていいということなのだろうか。それとも、一緒に食べようと思ったのか。見たことないが、母親へのお供え物という可能性も……。


 そこで菜穂は違和感を覚えた。部屋の中を見回し、テレビの隣にある仏壇を見て、目を開き、そして、細めた。仏壇の扉が閉まっていた。いつも自分を見てくるあの不快な視線が無かった。


「ケーキを二個も食べられないよ」菜穂は呆れたように笑いながら言う。「それに、苺ってあんまり好きじゃないんだよね。その辺のところもちゃんと教えてあげなきゃ」


 私って単純だな、と菜穂は思った。でも、今は、悪い気がしなかった。


「どこに行ったんだろ、パパ? お昼だって言うのに」


 父親がいる気配はない。ケーキを買ってきて、またどこかに出かけた?


 昼食の準備をしていないところを見ると、すぐに戻ってくるのだろう。


「……しょうがない。私が作りますか」


 菜穂はスマホで精進料理を検索し、食材を確かめるため、台所へと立った。その足取りは軽やかだった。

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