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異世界転生おっさん、帰還して元いじめっ子の娘に惚れられる  作者: 三口 三大
帰ってきたおっさん(リメイク版)
53/56

20 ある男の人生①

リメイク版です。

 男の名前は佐藤真治。小さな頃から大人しい性格で、争いを好まず、隅の方でじっとしていることが多かった。


 その性格が災いしたのか、高校一年生のとき、同じクラスだった杉本義則にいじめられ、中退した。


 中退後は二年ほど引きこもりの生活を続けていたが、親に言われ、通信制の高校へ通う。


 高校卒業後は、フリーターとして働いていたが、25歳の時、正社員としてとある会社に就職する。しかし思うような成績を残すことができず、肩身の狭い生活を送っていた。


 そんな男には、殺したいほど憎い相手がいた。課長の根岸である。年下のくせに、自分のことを見下し、いつも他の社員がいる前で怒るし、飲みの席で通信制高校に通っていたこともばらしたから。そうやって、根岸がいつも小馬鹿にするような態度をとるから、後輩の社員からも舐められた。


 だから、根岸を視界から消したかったが、社会的な評価は彼の方が上だったから、男はどうすることもできず、ただ唇を噛んでいることしかできなかった。


 また、殺したいほど憎い相手は他にもいた。杉本である。杉本を憎いと思ったのは、大人になってから、偶然街中で見かけたとき、幸せそうなお父さんになっていたからだ。自分の人生を不幸にしておきながら、自分は幸せになっている。その事実が許せなかった。


 ただ最初は、何者にもなれない自分が哀れで自殺しようとした。しかし、杉本が悪いのに、なぜ自分が死ななければいけないのか、と思い直し、自殺は止めた。こんな目に遭っているのは、杉本のせいだ。自分が苦しんでいる元凶である杉本こそが死ぬべきなのだと強く思った。


 それから男は、復讐心を糧に生きた。偉そうな上司と幸せそうないじめっ子。この二人に復讐することこそが人生の目標となった。根岸から嫌がらせを受けては、ノートに怨みを綴り、人生を楽しんでいる杉本を見つけては、ノートの中で何回も殺した。


 そうやって、怨みを募らせていたある日、目標を叶えるチャンスを得た。


 それは、ある飲み会の帰りだった。男は根岸に正座させられていた。他のサラリーマンの姿もある飲み屋街の一角で。


「お前は本当に使えねぇやつなんだよ」酔っぱらった根岸が、おどけた調子で言う。「何で、まだ会社にいるの? お前がいると余計な仕事が増えるから、さっさと辞めて欲しいんだよね」


 根岸の言葉に、後輩の梶木がげらげら笑う。飯塚の同期の男だ。飯塚もその場にいたが、申し訳なさそうに立っていた。


 男は根岸を睨んだ。


「何だ、その目は。反抗するのか? 俺に? 使えねぇ、会社のゴミのくせによ!」


 根岸は男の耳元で怒鳴り、男の頬を殴った。


「ちょっと、さすがにそれはやり過ぎなんじゃないですかね?」


 飯塚が駆け寄り、男を介抱した。


「いいんだよ、そいつは。犬と一緒だ。殴って躾してやんねぇとわかんねぇんだ!」

「そうだ! そうだ!」


 梶木が一緒になって笑う。


 通行人から好奇の目を向けられ、男は恥辱に耐えた。しかし耐えきれず、涙が流れた。悔しかった。心の底から、目の前の男を殺したいと思った。


「だせぇ、大人のくせに泣いてやんの」

「うわ、本当だ」

「俺が悪いみたいじゃねぇか、興ざめだわ」

「本当ですよ。悪くないのに」

「もう一軒行って、飲み直すか!」

「そうですね!」


 根岸と梶木はともに歩き出した。根岸が振り返って言う。


「おい、飯塚! 行くぞ!」

「え、でも」

「そんなゴミおいてけ!」

「そうだ、そうだ! おいてけ、おいてけ!」


 ぷちっと自分の中で何かが切れる音がして、力が溢れてくる感じがあった。男は飯塚の手を掴んで言った。


「……殺せ」

「えっ?」

「あの男を殺せ!」


 男は飯塚に対し凄んだ。息を呑む飯塚。男は飯塚から目を離さなかった。あの男を殺して欲しい、と目力で訴えた。すると飯塚の瞳が濁り、立ち上がった。涙を流す男の前で、飯塚は転がっていたビール瓶を拾う。


「飯塚?」


 困惑する男。飯塚の顔に生気はなく、夢を見ているようだった。飯塚はビンを握り、根岸に向かって走った。


 振り返る根岸。その顔面を飯塚はビール瓶で振り抜いた。ビンが割れ、根岸は悲鳴を上げることもなく倒れた。呆然となる梶木。飯塚は、痙攣する根岸の上に馬乗りになると、首に割れたビール瓶の先を突き刺した。血しぶきが上がる。


 思考がリアルに追いつく。飲み屋街に悲鳴が響く。状況を理解した梶木が、飯塚を殴った。


「何してんだ、お前!」


 殴られて意識が戻ったのか、飯塚が血だらけのスーツを見て、驚く。


「な、何だこれ! あっ、課長! 何で」

「何でじゃねぇだろ!」


 梶木は胸倉を掴み、飯塚を殴った。


「いった、何すんだ、この馬鹿!」


 飯塚は殴り返す。それから二人は殴り合いの喧嘩になって、通行人が仲介に入る事態になった。さらに警察や救急車なんかも来て、飯塚は逮捕された。


「俺は知らない! 俺は何もやっていない!」


 腫れた顔で飯塚は否定する。しかし、警察は淡々と手錠をはめた。


「うるせぇ、お前が、課長を殺したんだ!」


 通行人に抑えられながら、梶木が叫ぶ。


「そんな、俺、そんなぁ」


 飯塚の視線がさまよい、男と目が合った。飯塚はすがるような声で言う。


「真治さん! 俺、殺してないですよね!」


 男は首を振り、諭すように言った。


「お前が殺したんだよ、飯塚」

「そ、そんなぁ」


 飯塚の顔から血の気が引け、項垂れながら、警察に連行された。


 これが、男が力を発動した最初の事件である。しかしこのときはまだ、力に対する理解はほとんどなく、飯塚の奇行の理由をわかっていなかった。





 自分に不思議な力があることに気づいたのは、初めて力を使ってから、二か月後のことだった。


 その日、というか、飯塚が根岸を殺してから、社内の雰囲気は悪く、皆苛立っていた。男もイライラしている社員の一人だった。


 深夜。会社の帰り、会社のそばにあるコンビニに立ち寄った。そのコンビニの店員は、いつも態度が悪く、チャラついた格好をしているし、声が小さかった。そのときも、ダラダラ袋詰めをしていた。


 なぜ、こいつはいつも、こんなにも客を舐めた態度をとるのだろう? 男は考え、答えがわかった。この店員が自分を舐めているからだ。と言うのも、この店員の前で根岸に嫌味を言われたことがある。この男はそのときから自分を見下し、無下に扱ってもいいと思っているのだ。実際、男の前にいた若い女の客には、丁寧な積極を行っていた。


 男の頭に血が上る。今日こそはガツンと言ってやろうと思った。


「おい、お前!」

「あ?」


 店員は、メンチを切るように顔を上げた。


「なんだその態度は! こっちはお客さんだぞ!」

「うざっ、何だお前」


 店員に睨まれる。しかし男は怯まずに睨みかえした。この馬鹿をぎゃふんと言わせたい。その気持ちが強くなった。


 すると、男の目が濁る。飯塚のときみたいに。袋詰めしていた手が止まり、男はぼんやりと夢でも見ているかのように立っている。


 男は、店員の突然の変化に戸惑いながらも、怒声を浴びせる。


「おい! 謝れ! 今までの俺に対する非礼を詫び! これからは丁寧な接客をすることを心がけろ!」

「わかりました」店員は深々と頭を下げる。「今まで、すみませんでした。これからは、気を付けます」


 あまりにも素直な謝罪に男は困惑した。


「お、おう。そうか。わかればいいんだ、わかれば」


 男は袋を持って、さっさとレジから離れた。


「何だったんだ、今のは?」帰り道。男は頭の中を整理する。「どうして、突然、あんなにもあの男は素直になったんだ?」


 素直になったと言うか、自分の言うことを聞くようになったと言うべきか。男は二か月前のことを思い出す。飯塚も突然自分の言うことを聞き、根岸を殺した。そしてあのときも、飯塚の瞳が突然濁り、夢でも見ているかのような顔つきになった。


 これは、ただの偶然なのだろうか?


「もしかして、俺は魔法を使えるようになったのか?」


 いや、そんな馬鹿な、とは思った。しかし、魔法としか言いようがない現象が目の前で起こった。


「まだ、色々試してみる必要があるな」


 それから男は、自分の力について色々実験した。その結果、人を操ることができる力を持っていて、怒りがトリガーとなって、相手の目を見ることでその力が発動することがわかった。しかし単純に怒ればいいのかというと、そういうわけでもないようで、安定しない力に、男は苛立った。


 また、男は、この力を使いこなせない自分に対しても怒りを覚えた。この力を使い、女を思いのままに操りたかった。しかし、女の前では委縮してしまい、怒りよりも恥ずかしさが勝り、力を使うほど女を見つめることができない。


 これも全部、杉本のせいだ。杉本にいじめられることなく、人並みの青春を送ることができたならば、女に対しても力を使うことができただろう。


 だから杉本に対し、この力を使うことにした。積年の恨みを晴らすために。しかし、普通に力を使っても面白くない。そこで手始めに、杉本の娘を襲うことにした。じわじわと毒のように、杉本を追い込むつもりだった。


 杉本の娘に対しては、トラウマを刻むことにした。自分の父親がまともだったならば、決して味わうことのないようなトラウマを。


 そのため男は、仕事を辞め、朝から晩まで杉本の娘の行動を監視した。杉本には二人の娘がいた。次女の方はトラウマを植え付けるのには未熟なように思えたが、長女の方はトラウマを植え付けるのに十分な年齢のように見えた。さらに長女には、毎週水曜日の17時ころ一人になる時間があった。おそらく習い事の帰りだろう。家まで彼女は一人で帰った。


 男は長女が通るルートの中で、人通りが少ない道を探した。そして、杉本の家から100メートルほど離れた路地が、復讐を行うのに適した場所であることを発見し、復讐を決意した。男はこの場所で、杉本の娘に熱湯をかけることにした。


 犯行当日。男は車で、その場に乗りつけた。朝から緊張し、手が震えていたが、ノートを何度も見返すことで、緊張を制御した。


「大丈夫、俺なら絶対できる」


 男は自分に言い聞かせた。


 そして17時になる5分前、男は準備をするため、車の外に出て、地図を広げた。復讐を成功させるためには協力者がいる。罪を被ってくれる協力者が。そして男にはその協力者にあてがあった。毎日、その時間にジョギングをしているお爺さんだった。


 その日も、お爺さんが現れた。


「あの、すみません」


 男は申し訳なさそうに声を掛ける。お爺さんは、ムッとしながらも、立ち止まった。


「どうかしたんですか?」


 男はじっとお爺さんの目を見つめた。頭のノートをめくり、杉本に対する怒りを高める。しかし、いつもの力を使っている感じが来ない。焦る男。その焦りが力の発動を妨げた。


「何ですか?」


 お爺さんは、訝しそうに語気を強める。これ以上は、怪しまれる。男はお爺さんに地図を見せる。


「すみません。実は図書館を探しているんですが、道に迷っちゃって。ここって、どの辺ですか?」

「地図、貸してみ」

「はい……」


 男は地図を渡した。


 お爺さんは「この辺だよ」と指さした。「図書館に行きたいなら、このまままっすぐ道を進んで、大きな道で左に曲がって、二個目の信号を右、そのまま直進すると大きなスーパーがあるから、そのスーパーの前の交差点を右に曲がって進むと見えてくるよ」


「……ありがとうございます」


 お爺さんは、男に地図を返し、颯爽と走り去った。


 男は車内に戻り、助手席に地図を叩きつけ、「くそっ!」と悪態をついた。


「何で力が使えぇんだよ!」男はハンドルを握り、車が揺れるほど、自分の体をゆらした。「くそっ、くそっ、くそがああっ!」


 一通り暴れ、男は肩で息を切る。本当に情けない。会社を辞めてまで、復讐を果たそうとしたのに、それすらできない自分に、強い憤りを覚えた。


 男はバックミラーに映る自分を睨みつけた。鏡の中の自分と睨み合う。


「いつも、いつも肝心なときにヘマをして、一番使えねぇのは、てめぇだ! てめぇが、自分で、娘にお湯をかければいいだろう!」



 少女の泣き声で男はハッとする。目の前に杉本の長女がいた。肩に掛けて服が濡れていて、男が持っていた水筒は空になっていた。男は瞬時に自分がやったことを理解する。泣き声を聞きつけて人が来る前に逃げ出さなくては。


 ただ、逃げる前に男は、杉本に対する怨みを長女にぶつけた。


「お、お前の父親が悪いんだ! お前の父親がまともだったら、お、お前はそんなことにならずにすんだんだ!」


 男は長女を見ずに駆け出し、車に乗り込んだ。


 急いで家に帰り、布団に籠る。


 やってしまった。


 吐きそうなほど、心臓が拍動したが、達成感もあった。ついに、杉本に対する復讐を果たしたのだ。が、これは始まりに過ぎない。さらなる復讐計画を男は描く。


 しかし、翌日のニュースを見て男は震えた。昨日のことが、大きな事件として取り扱われていたからだ。今回は自分がやったから、警察にばれたら、捕まる! 


 男はそれからしばらく家の外に出なくなったし、ほとぼりが冷めるまで、杉本に近づかないことにした。





 警察に怯える日々を過ごすこと一年。


 さすがにもう捕まることはないだろうと思った男は、再び杉本の家を訪れた。あのときよりも太り、髪型も変わっている。だから、ばれることはないと思った。


 水曜日。去年、長女が通っていた道沿いにあるカフェの中から、長女を探した。17時頃、歩いている長女を見つけた。その隣には母親の姿があった。さすがに、一人で出歩かせたりはしないようだ。


 長女の姿を見て、男は満足した。長女の顔に元気はない。そして、何かに怯えている。しっかりと、トラウマを植え付けることができたようだ。


「見たか、杉本」男はぼそりと呟く。「俺の復讐はこんなもんじゃないぞ」


 それから男は、前よりも慎重に、杉本の周辺を調査した。その結果、杉本と長女の間に、溝はできたことがわかったが、まだまだ杉本は幸せそうだった。困ったら、助けてくれる妻がいて、甘えてくれる娘がまだ一人いる。


 どっちかを消さなければ。男はどちらを先に殺すか、天に任せることにした。100円玉を弾き、表が出たら『妻』を、裏が出たら『次女』を殺す。


 男は100円玉を弾く。100円玉は回転しながら宙を舞い、地面に落ちたとき、表面を示した。


「神様は、お前の女の死を望んでいるようだ」


 男は卑しい笑みを浮かべた。


 復讐は、それから一か月後に行われた。


 杉本が妻と二人で出かけるタイミングで、男も二人を追いかけた。二人は軽自動車で移動する。男は機動性を重視し、原チャリを使った。


 二人がコンビニによる。男は二人がコンビニに入るのを見届けると、駐車場にあったトラックに歩み寄り、ノックした。ウインドウが開き、中から顔を出したのは、男が苦手な、厳つい顔の男だった。


「何?」


 運転手は不機嫌そうに言う。


 男は息を呑んだ。また失敗する。そんな考えが頭を過った。男は振り返る。ガラス越しに、仲の良さそうな二人の姿が見えた。男は不意に思い出す。昔、杉本が男の好きな女の子と付き合っていたことを。杉本はそのことを知らなかっただろうが、杉本がその子との猥談をするたびに、男は耳を塞ぎたくなるほど傷ついた。そうだ。あの男は自分から好きな子を奪った。なのに、今、隣にいるのは別の女である。


 許せない。杉本が許せない!


 初恋が怒りに火を点けた。


「おい!」と運転手。


 男は振り返り、運転手をねめつける。


「俺の目を見ろ」

「ああ?」


 運転手と睨み合う。意識を掴む感覚があった。運転手の瞳が濁る。


「右手を出せ」


 男は窓の外に手を出した。


「よし。ならば、今からお前に命令する。あそこに黄色い軽自動車があるだろう? あれに、若い夫婦が乗るはずだ。夫婦が車に乗ったら、その後を追いかけろ。おそらく妻の方が、助手席に乗る。だから、どこでもいい、電柱か壁があったら、あの車の横にトラックを付け、そして、横から車を押しつぶせ。怪我をさせてもいいから、運転席の男は殺すなよ? いいな?」


 運転手は頷いた。


「よし」


 男はトラックから離れ、原チャリに乗り、ヘルメットを被った。


 コンビニから出てきた二人を見て、ほくそ笑む。二人で過ごす最後の時間だ。二人は車に乗った。予想通り、杉本が運転席で、妻は助手席だ。


 走り出す車。トラックも動き出し、男も原チャリのエンジンをかけた。


 トラックが車を追いかけ、トラックを原チャリで追いかける。トラックで前にいる杉本の車は見えなかったが、100メートルほど進んだところで確認できた。トラックが追い抜くように、対向車線へと移動したからだ。


 そしてトラックは、横から車にぶつかった。杉本の車が電柱に衝突し、雷鳴のような轟音が響く。車体がひしゃげ、破片が飛び散る。通行人から悲鳴が上がり、辺りは騒然となる。


 一瞬の静寂の後、トラックが走り出した。今頃運転手は慌てているに違いない。通行人が携帯で逃げるトラックを撮影していたから、逃げない方がいいのに。しかし運転手の今後の人生がどうなろうと男の知ったことではなかった。


 男は原チャリを止め、他の通行人に混ざって、車の様子を観察する。運転手は、男の命令を忠実に守ったようだ。誰が見ても助からないとわかるほど、助手席側は潰れていた。運転席はよくわからない。ただ、「まだ生きているぞ!」との声が上がったから、おそらく杉本は生きている。


 杉本の生存を確認し、男はその場から離れた。その場にいると、笑いが堪えられなかった。


「まだだ。まだ、終らんぞ、杉本」


 男の目は、復讐心でぎらつく。


 しかし男は、妻を殺したのは失敗だったことに気づく。事件後、杉本が引っ越したからだ。近所の人に聞いても、どこに行ったかわからない。


「どこだ、どこに行った」男は血眼になって、杉本の行方を探った。しかし、杉本を見つけることはできなかった。「まだ、俺の復讐は終わってないぞ、杉本おおおお!」


 それから男は、杉本を見つけられない日々に対する不満を募らせながらも、復讐を果たす機会が訪れることを信じて待った。


 そして、その機会が、10数年後にやってきた。


 杉本から一通の手紙が届いたのだった。


 その手紙には、高校時代、男をいじめたことに対する謝罪の言葉が書き連ねてあった。


 男はその手紙を読み終えると、破り捨てた。その目は怒りに満ちていた。


「何もわかってねぇな、あのクソ野郎は!」


 今さら、昔のことを謝罪してどうする? それで、いじめられた側の過去が変わるとでも思っているのか? 男の頭に血が上る。いや、何も変わらない。いじめられたことで、まともな人生を送ることができなかった惨めな人生は、いじっめ子の謝罪なんかでは決して変わることはない。この人生で味わってきた苦汁も悲しみも、謝罪の言葉では拭うことができないのだ。


「やっぱりてめぇは、自分のことだけしかないクズだ!」


 こんなクズは死んで当然だ。この手紙が来るまで、杉本の妻を殺したのは、さすがにやり過ぎでは? と思ったことがないわけではない。しかしながら、そんな罪の意識を持ってしまったことを男は恥じた。

妻の死。それは、この独善野郎に相応しい報いなのだ。


「今度こそ、ちゃんと殺す」


 男は手紙が入っていた封筒に書かれた住所を見て、不敵に笑う。


 馬鹿なところも昔から変わっていない。

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