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異世界転生おっさん、帰還して元いじめっ子の娘に惚れられる  作者: 三口 三大
帰ってきたおっさん(リメイク版)
46/56

13 逃げた先に

リメイク版です。


問題の解決の仕方が変わりました。

 昔は当たり前のようにできたことが、できなくっていることがある。


 学校の勉強なんかがそうだ。昔は当然のように解けていた数学の問題を、久しぶりにやってみると、全く解けなかったりする。公式の使い方を忘れてしまった。


 真治にとって、「愛」や「恋」という感情は、そういう類のものだ。


 菜穂にはいないといったが、真治は昔、好きになった女がいる。大学2年生のころの話だ。相手は同じサークルの同期である。真治が周りに自分の思いを話すと、皆、「あの女は止めておけ」と言った。真治にもその理由はわかっていた。しかし「自分なら変えられるかも」という思いがあった。


 そして、恋は実り、成熟する前に終わった。


「あんたのこと、べつに好きじゃなかったんだよね」とあの女は言った。「そりゃあ、確かにさ、あんたには『好き』とか言って、イチャつき合ったりもしたけど、あれは本心じゃないんだよね。そうやって恋人みたいなことをしていれば、あんたのこと、本気で好きになれるかもしれないと思ったの。だから、ああいう、恋人ごっこ? みたいなことをいっぱいした。多分、今まで付き合ってきた彼氏の中で一番多いんじゃないかな。でも、全然好きになれなかった。騙した? あぁ、うっざ。そういうところだよねー。あんたのそういうところ、本当にムカつくわ。むしろ感謝して欲しいくらいだけど。あんたみたいなつまらない人間に付き合ってあげた私に。良かったじゃん。童貞も捨てれたんだし」


 それから真治は、金で女の関心を買うようになった。金をちらつかせれば、彼女なんて簡単にできる、と雑誌で読んだからだ。学生の時は、まだ金が無かったら、金があるように見せかけるテクニックを必死に勉強した。そして、彼女ができた。でも、すぐに別れた。付き合っては別れるサイクルを繰り返すうちに社会人になった。社会人になってからは、金を惜しみなく使った。すると、前よりも関係が長く続いた。


 これでいいと思った。金があれば、彼女と愛し合える。


 しかしそれが、ただの女遊びでしかないことに気づいたのは、ある女を抱いたときのことだ。女の顔は覚えていない。所詮、その辺でひっかけただけのアバズレだ。ただ、あの女の自分を見る目は覚えている。侮蔑を孕んだ目。自分を男としては見ていない。自分を通し、ブランド品を見ていた。真治はその視線に慄き、吐き気を覚えた。


 それ以降、女遊びを止めた。


 それは女との関係を断つことを意味していた。


 自分はもう誰とも愛することはないだろうと思っていた。そんな矢先、女上司に呼び出された。


「何ですか?」

「あんた、経理の平沢って子、知ってる?」

「知りま……あ、知ってます。よくエレベーターで一緒になります。彼女がどうかしたんですか?」

「彼女があんたの事、気になるんだって」

「え? 俺のことを?」

「らしいよ。たまにお話しすることがあって、それでって。あんたも大人しい顔して、ちゃっかりやること、やってるのね」

「……そういうつもりはなかったんですけど」

「と言うわけで、今度、彼女と一緒にランチに行ってあげて」

「わかりました」

「んじゃ、後で連絡先教えるから、連絡してあげて。あ、そうだ。彼女、大学のサークルの後輩なの。だから、泣かせたりしたら、許さないからね。あんたにはもったいないくらいいい子なんだから」


 その後真治は、平沢と会って、食事をした。


 彼女と話し、女上司が言っていた意味がわかった。彼女は自分にはもったいないくらい良い子だった。穏やかで、素直な子。そして自分に真っ直ぐな好意を向けてくれる。


 真治は彼女の思いに応えたいと思った。しかし彼女と一緒にいると、いつも違和感を覚えた。水中にいるようなとか、砂漠にいるようなとか、漠然とした表現は思いつくが、その違和感を表現するための適切な言葉を持っていなかった。


 そして真治は理解した。


 自分はもう昔の自分ではないことを。





 部屋に帰って来てから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。暗い部屋で、真治はじっと椅子に座っていた。


 思い出したようにスマホを起動し、耳に当てる。


『どうもみなさん、こんにちは。ラジオで人生相談の時間です。一人目の相談者は、うさぎさんです。うさぎさん、こんばんは』

「こんばんは」

『本日はどのようなご相談でしょうか?』

「親しい女の子と、どんな風に接したらいいのか、わからないんです」

『なるほど。では、さっそく先生に相談してみましょう。本日の先生は、心理カウンセラーの佐伯先生です。佐伯先生よろしくお願いします』

『はい、よろしくお願いします。こんにちは、うさぎさん』

「こんにちは」

『友だちとの関係に悩んでいるってことでいいのかな?』

「ええ、まぁ」

『うーん。あなたの話を聞いて思ったんですが、焦りすぎだと思いますよ。あなたたちはまだ、出会って間もないんでしょう? なら、あなたは、まだまだその友だちのことを理解していないでしょうし、あなたの友だちもあなたのことを理解していないんだと思います。だから、今は焦らないで、ゆっくりと互いのことを理解して、信頼関係を構築すべきだと思いますよ』

「でも、相手は待ってくれないんですよ」

『どうやったら、その、信頼関係って構築できるんですか? こういう話をすればいいとかってあるんですか?』

『何でもいいと思います。昨日のドラマ見た? とか、この記事知ってる? とか。大事なのは、そういった普段の何気ない会話を通し、私はあなたのそばにいますよって、伝えることだと思います。もちろん、口じゃなくて、心で』

「いや、先生、俺がききたいのは、そういうことじゃなくて」

『わかりました。ありがとうございます』

『はい。また、困ったことがあったら、聞いてくださいね』

『うさぎさん、佐伯先生、ありがとございました。それでは次の質問者へ移りたいと思います』

「待ってください。俺はまだ」

『次の質問者は、お魚大好きさんです。お魚大好きさん、本日はどのようなご相談でしょうか?』

『あのぉ、刺身とかによく小菊ってついてるじゃないですか? あれってどうやって食べるんですか?』

「そんなの知恵袋で聞けや! ボケナスがぁっ!!」


 真治はスマホを床に叩きつけ、頭を抱えた。どうでもいい質問しやがって。そんなんじゃ、俺の悩みは何も解決しない。俺の悩みは、一体、どうやったら解決するんだ!


 真治は黙考した。頭がパンクしそうなほど考えた。しかし答えは出ず、諦めたように天を仰いだ。


「何をやってるんだろう、俺」


 真治は立ち上がり、叩きつけたスマホを拾い上げた。スマホは辛うじてつながっている状態で、簡単に真っ二つになってしまいそうだった。むろん、画面はヒビだらけで、持ち上げたさい、部品がいくつか落ちた。真治がため息を吐くと、落ちていた部品や液晶の破片が壊れたスマホに吸い寄せられ、逆再生でもしているかの如く、スマホが直っていく。【遡行魔法】だ。叩きつける前の状態に戻した。


『あのぉ、刺身とかによ』


 真治はラジオを消し、ベッドに転がった。メッセージアプリを起動し、「なほ」を選択する。これまでの「なほ」とのやりとりが映し出される。「おやすみ」が、菜穂からもらった最後のメッセージで、先週の金曜日のことだった。


 真治は寂しそうな目でその画面を眺め、スマホを枕もとに置いた。薄闇の先にある天井を眺め、ぼやく。


「……どうしたらいいんだろう」


 わからない。


 どうしてわからない? 


 真治は自問する。


 答えは簡単だった。


 経験がないからだ。


「45年も生きてきたのにな」


 あまりにも薄っぺらい人生に、真治は自嘲する。


「勇者だったこともあるのに」


 しかしあのときの自分を、本当に勇者と言っていいのだろうか。圧倒的とも言える力を使って、気に入らない相手をぶん殴ってきただけだ。そんなのは暴君で、勇者とは言えない。


 でも何かしら、勇者らしいことをしたのではないか。考えてみる。……思いつかない。金や政治なんかの面倒事は全て他人に任せてきた。魔王討伐後も、救国の英雄となることを拒み、元の世界に戻ってきた。民衆の期待が怖かった。だから、逃げてきたのだ。こんな無責任な人間を、人は勇者と呼ぶだろうか? いや、呼ばない。


「また逃げるか」


 そんな情けないことできるわけが……。


「いや、それもありかも」


 真治は開き直る。そうだ。自分は卑怯な人間なのだ。だから今回も、逃げてしまえばいい。


 真治は布団にくるまった。そうだ、逃げてしまえ。と自分に言い聞かせる。菜穂とはただの友達の関係を望んでいる。だから、余計なことは考えないで、頭を馬鹿にして、人の気持ちを読めないKY野郎になるのだ。


 しかし、最後に見た、菜穂の悲哀の瞳を思い出し、胸が絞めつけられる。このままではただの友達ですら危ういのでは? いや、そんなことはない。お前、よくそんなんで友達面できるなと思う奴はこの世にたくさんいる。自分もそんな一人になればいいんだ。


 けど、菜穂はそんな自分と一緒にいてくれるのか? 


 そもそも、俺はそんな俺になりたいのか?


 真治は自問し、起き上がった。


「駄目だ、逃げよう」


 真治は窓を開けると、夜空に向かって飛び立った。





 どこに行けばいいかはわからない。でも、どこかに逃げたくて、無計画に空を飛んだ。


 風を切って、空を飛ぶ。地球の空を飛ぶのは、それが初めてだった。真治は頭の中のごちゃごちゃを振り払うように、猛スピードで飛んだ。眼下の光の群れが途切れ、黒い海となった。


 飛び続けていると、前方の空が白くなり始めた。日の光に目を細める。どうやら西に向かって飛んできたようだ。陸が現れ、煌びやかなビルディングが建ち並ぶ。真治は【透明魔法】で姿を消し、ビルディングの間を縫うように飛んだ。


「アメリカ、だよな?」


 30分もかからずにアメリカに到着した。遠い異国だと思っていたこの場所も、今の真治にとっては近所だった。


 さらに進むと、建物が少なくなって、荒野に変わる。人の気配はなく、雄大な大地となった。真治は風を感じながら、アメリカの上空を飛んだ。


 大地が途切れ、再び海となる。新たに現れた陸は、ヨーロッパだ。洒落た街並みを眺めながら、真治は飛び続けた。


 前方の青色が濃くなって夜が訪れる。広大すぎるユーラシア大陸を横断し、真治は東京に戻ってきた。しかしまだまだ満足することはできず、今度は南に向かって飛んだ。


 それから真治は、四時間ほどかけて、地球を何周もした。大陸は全て制覇して、北極の流氷の上に降り立った。凍てつくような寒さも、魔法を使えば、肌着でも生活できる。


 真治は辺りを眺める。白と青しかないそんな世界だった。真治の吐く息も白い。現実感のない光景に、真治は安堵する。


「ここまで来れば、大丈夫だろ」


 しかし気をゆるめると、菜穂のことが頭を過る。


 真治は目を閉じて考える。どこまで逃げれば、菜穂の影を振り払える? 海の底? 宇宙の果て? 今の自分ならどこにでも行ける気がする。


 しかし同時に思う。今の自分なら、どこに逃げても、きっと、菜穂のことを思い出してしまう、と。


「……もう、逃げ場はないってことだな」


 異世界転生なんて幸運はもう二度と起こらない。それくらい小さすぎる確率で、今の自分でもできないことだ。


 なら、逃げることを諦めて、しっかりと現実に向き合った方が良いだろう。その選択は、自分だけではなく、菜穂のためでもあるような気がした。自分勝手な思い込みかもしれないが。


「ってか、15年前、もう逃げないって決めたはずだけど」

 転生したとき、これからは現実から逃げないで生きていくと誓ったことを思い出す。しかし異世界での15年が、固い決意を怠惰な気持ちで包んでしまったようだ。


「今度こそ、逃げないぞ!」


 真治は改めて決意した。


 ふと、真治は目の前の光景に既視感を覚えた。この光景を前に見たこともある。そうだ、初めて修行を行った場所がこんな感じだった。真治は懐かしく思う。あのときの自分は、魔王を倒せるなんて全く思っていなかった。ただ、できると信じて修行を続けた結果、魔王を圧倒するほどの力を手に入れた。


 今回も同じかもしれない。真治は思う。向き合うという気持ちがなければ、決して菜穂と向き合うことはできない。


 真治は呆れたように笑みをこぼす。


「逃げて良かった……のか?」


 皮肉な話だが、逃げたことで、自分のやるべきことがはっきりした。


「帰るか」


 真治は流氷から飛び立った。そのとき、遠くの方で、シロクマに襲われそうになっているアザラシを見つけた。可哀想だが、放っておく。それが自然の摂理である。


 真治はアザラシに背を向けた。しかし振り返って、そばに引き寄せる。怯えていたアザラシの表情が困惑に変わった。が、真治を見て、また怯える。そんなアザラシの頭を真治は撫でた。アザラシは愛らしい瞳で真治を見たまま逃げなかった。


「今から10分間。お前は誰からも見えないよ。その先は、知らないからな」


 言葉が通じたかは定かではないが、アザラシは首肯するように頷くと、海の中へ入った。


「甘いな俺も」真治はアザラシを撫でた手のひらを眺める。「でも、俺にもそんなときがあったんだよな」


 アザラシの気配が無事に遠ざかるのを確認してから、真治は自宅に向かって、飛んだ。


 帰宅したとき、空が白くなっていた。真治は部屋に入ると、すぐにベッドに入った。驚くほどすんなりと眠ることができた。





 幸せな夢を見ていたと思う。少なくとも、悪夢ではなかった。


 だから、着信があったとき、寝ぼけ眼でスマホを手にした。が、スマホ画面に表示された相手の名前を見て、跳ね起きた。菜穂だった。


 真治は慌てて電話に出る。


「もしもし!」

「真治! 助けてっ!」


 真治の眠気は完全に吹き飛んだ。


「どうした、菜穂!」


 何か争う音がして、電話が切れた。真治は呆然とスマホの画面を眺め、菜穂に電話する。しかし繋がらず、真治は舌打ちして電話を切った。


「よくわからなんけど、菜穂が危険だ」


 どうする? と考える前に、体が動いていた。


 窓から再び空に向かって、飛び立つ。

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