10 モテ期?①
リメイク版です。
会話の内容が変わっている部分があります。
その日学校は、朝の事故の話で持ちきりだった。
警察との事情聴取を終えてから登校した真治の周りには多くの同級生が集まった。事故の様子を聞きだそうとする同級生の好奇心に辟易しながらも、渋い顔で真治は話した。
そのため別のクラスの生徒である寺田が来たときは、お前もか、と思ったが、どうやら違う要件らしい。「ここでは何だから」と寺田が言うので、二人で空き教室へ移動した。
寺田は、青春っぽいという理由で、真治が色々な部活に仮入部していた時に出会った男だ。
「杉下は、どこの部活に入るか決めた?」
「部活には入らないことにした」
本気を出せば、どんな競技でも、三ヶ月で世界の頂点に立ててしまうことを、仮入部を通して学んだ。
「そうなの? もったいない。ちなみに、俺はサッカー部に入ることにしたよ」
「そうなんだ、頑張れよ」
「おう」
寺田は、わざわざこんな話をするために二人きりを望んだのだろうか。部活の話など、立ちションをしながらでも話せる。だから、きっと、他の要件があるはず。寺田が言いだし辛そうにしているため、真治から声を掛けた。
「で、俺に用事って何? 他に目的があるんだろう?」
「ああ、それなんだが……」寺田は逡巡し、諦めたように口を開く。「杉下ってさ。彼女いる?」
「いないけど」
「あ、そうなの?」
「うん。何で、ちょっと嬉しそうなの? 嫌味?」
「あ、すまん。ただ、彼女がいるって言われると、色々と厄介な事になりかねなかったから。好きな人とかはいる?」
「……いないけど」
「そっか。ならさ、武森って五組の女の子知ってる? 武森宏子。髪の長い、気の強そうな、綺麗な女の子なんだけど」
「知らん」
「その子がさ、杉下と仲良くなりたいんだってさ」
「何で?」
「さぁ、それは知らない。本人に聞いてよ。だから、彼女と話す場を設けたいんだけど、杉下っていつ暇? できれば、早い方がいいんだけど」
「いつでも、と言うと語弊があるけど、基本的には暇かな。早い方がいいんだったら、今日でもいいよ」
「わかった。なら、今日の放課後、学校の裏でどうだ?」
「いいよ」
「ありがとう。恩に着る」
「何で寺田が感謝するんだ?」
「……生活が懸かっているんだ。彼女の父親が俺の父親の上司なんだ」
「なるほど。そいつは、ご愁傷さま」
「まぁ、でも、うまく事が運びそうで良かったよ。それじゃあ、放課後、よろしくな」
「わかった。ってかさ、さっきの話の流れ的に、その武森さんは俺に対し、特別な感情を抱いているってこと?」
さぁな、本人に聞いてくれよ。と寺田は肩をすくめた。
寺田と別れた後、昼食をまだ食べていなかった真治は、学食でうどんを食べた。今日は面倒だったので弁当ではない。混雑のピークが過ぎていたため、真治は余裕をもって、昼食を食べることができた。
次の授業の5分前に真治は教室に戻った。席に着こうとして、菜穂の虫の居所が悪い事に気づく。事故があってから、徐々にいつもの明るさを取り戻しつつあった彼女に何があったのか。気になるが、そっとしておいた方が良さそうな気もする。元気がないのではなく、不機嫌なのだ。そのため真治は、沈黙を選択する。
触らぬ神に祟りなし、といった態度で席に座る。そんな真治の背中に、「ねぇ」と声が掛かる。振り返ると、不快感を露わにした菜穂がいる。
「何?」
「今日の放課後。行きたい場所があるんだけど」
「今日の放課後?」
「何? 何か用事でもあんの?」
「まぁ、その、色々」
「色々って?」
「色々は……色々よな」
「言えないようなことでもすんの?」
猟犬めいた目つき。下手な言い訳は苦しくなるだけだなと思い、真治は渋々話す。
「人と話すんだよ。五組、武森さんって人」
「誰? 知らないんだけど」
「俺も知らんよ」
「何で知らない人が真治に用があるわけ?」
「さぁな。もしかしたら、サッカーチームの話かも。その人と俺の共通の知人がいて、その知人に俺が好きなサッカーチームの話をしたんだ。そしたら、その知人が、『そのサッカーチームが好きな奴を知っている』とか言ってて、それで、会うことになったんじゃないかなぁ」
「本当?」
もちろん嘘だ。しかし適当なことを言わないといつまでも終わりそうにない。ただ、ばれたら面倒そうなので、真治は冷や汗をかいて答える。
「Maybe」
「嘘だったら?」
「そんときは、どんな話をしたか、ちゃんと話すよ。多分、そんなに時間は掛からないだろうから、それが終わってからでもいい?」
「何がいいの?」
「行きたい場所があるんだろ? 菜穂さんが行ってみたいところに俺も行ってみたいな」
菜穂はふて腐れた顔で思案し、不満そうに言った。
「……5分。5分だけだったら、待ってあげる」
「ありがとう」
国語の教師が入ってきた。真治は黒板の方へ向き直る。
やれやれと思いながら、教科書の準備をしていると、「ばか」という呟きが聞こえた。
振り返ると、菜穂は机に突っ伏していた。
ホームルームが終わると、真治は鞄を持って、校舎裏に行った。菜穂とは正門前で集合することになっている。
校舎裏にはまだ、武森と思しき女生徒の姿は無かった。真治はスマホを確認する。国語が終わった後に寺田へ送った、『武森さんに、終ったら早く校舎裏に来るよう伝えてくれないか?』というメッセージには『わかった』との返信がある。あとは寺田を信じて待つしかない。
真治が校舎裏へ来てから一分。校舎裏へ近づく三つの気配を感じた。そのうちの二つに、真治は心当たりがあったから、残りの一人が武森ということだろう。寺田はちゃんと伝えてくれたみたいだし、武森はお願いをしっかり聞いてくれる良い人であるようだ。
一つ目の気配が校舎裏に到着する。寺田だ。寺田は二階の非常口を開け、校舎裏に面した非常階段の踊り場に身を潜める。そして二つ目の気配。建物の角から堂々とした振る舞いで現れる。艶のある黒髪と涼しげな目つきの綺麗な女生徒。彼女が武森か。そして三つ目の気配は、非常階段近くの壁に潜んでいる。――菜穂だ。
真治は菜穂のことを気にかけつつ、武森を迎える。武森は、真治の前に立ち、「こんにちは」と微笑む。
「こんにちは。えっと、武森さんですか?」
「ええ、そうよ」
「二組の杉下真治です」
「知ってるわ、そんなこと。私が呼びだしたのだもの。変な人ね」
武森はくすっと笑う。
「それで、えっと、仲良くなりたいってことだったけど」
「そう、焦らないで。私にも自己紹介させて。私は武森宏子。私のことは、宏子って呼んで、真治君」
「わかりました」
「あと、その硬い言葉遣いも禁止」
「……わかった」
宏子の次の言葉を待つが、宏子はニコニコしたまま立っていた。こちらから話しかけた方が良いのだろうか。
「んで、俺はどうすればいいの? 実はその、この後、用があるから、早くしてもらえると嬉しいんだが」
「さっき、私は何て言った?」
「え?」真治は考える。「……特に気になるようなことは言ってなかったけど?」
「仕方ない。今回はチャンスをあげるわ。私は宏子と呼んで、と言ったの、真治君」
「宏子、さん」
「宏子。よ、真治君」
「……宏子」
「これから、よろしくね。真治君」
宏子は満面の笑みを浮かべる。
何だ、この女。何がしたいんだ? 真治は宏子の意図がわからず、戸惑う。ふと、真治は既視感を覚えた。宏子のことをどこかで見たような気がする。思い出せないが、どこかで彼女を見た。どこで見たんだっけ……。
「で、この後、用があるって言っていたけれど、寺田はそんな風に言っていなかったわ。むしろ、早く一緒にお茶に行きたいから早く来いって言ってる、って言っていた」
寺田ぁ。正直、それほど親交があるわけでもないので、見捨てても支障はないが、一応、助け舟を出しておくべきか。彼にも色々あるのだろう。
「ああ、すまん。それは寺田のせいじゃないんだ。俺の伝え方が悪かったんだ。だから、あんまり寺田を責めないであげて。そうだ、連絡を交換しようぜ。そしたら今度は、そう言った、意思疎通のもつれ、みたいなもんは起きないだろう?」
「優しいのね。それに意外と積極的」
「べつに積極的というわけではないが」
真治はスマホを取り出し、QRコードを提示した。宏子はQRコードを読み取った。
「ありがとう。嬉しいわ」
「どういたしまして」
時間を確認する。時間的にはあと一分が限界か。しかし菜穂がそばにいるので、二分はいけるかもしれない。
「寺田から聞いているかもしれないけど、私、真治君と仲良くなりたいの」
「うん。良いよ」
「本当? それじゃあ、お茶とかに誘っても良いの?」
「いいよ。俺が暇だったら。別に断る理由もないし」
「良かった。でも、杉本さんに怒られないの?」
「菜穂さん? 何で?」
「だって、二人は付き合ってるんでしょ? 二人でいるところを見かけるし」
「いや、付き合ってないよ。ってか、寺田は言ってなかった?」
「寺田は信用できないから。でも、そっか。付き合っていないんだ。それじゃあ、杉本さんとはどういう関係なの?」
「……ただの友だちかな」
「ふぅん。そうなんだ。それは良かった。それを聞いて、安心した。でも、今日のその用事ってもしかして、杉本さんと何か?」
「うん、まぁ」
「ふぅん。そうなんだ。それじゃあ、全然良くないわ。安心なんてできない」
真治は時計を確認する。そろそろ時間だ。この辺で別れるのがベストな気がする。
「ごめん、宏子。俺、行くから」
「え、行ってしまうの? 私はもっとお話ししたいのに?」
「また今度な」
「……わかった。あんまり、真治君を困らせたくないもの。その辺、私は聞き分けの良い女の」
「ありがとう。じゃあね」
「さようなら、真治君」
真治は宏子に背を向け、歩き出す。
非常階段そばの壁に菜穂はまだいる。そこで菜穂と合流することにした。気づいていなかった様に振る舞って。真治は振り返る。真治に向かって手を振る宏子がいた。おそらく菜穂が潜む壁は、宏子からは角度的に見えない。だから彼女に、何かしらの小細工をする必要はないだろう、と思った。
真治も軽く手を振り返して、非常階段のところから校舎側に向かって曲がった。
そしてそこに立っていた。むくれた顔の菜穂が、壁に背中をつけて、真治を睨むように。




