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異世界転生おっさん、帰還して元いじめっ子の娘に惚れられる  作者: 三口 三大
帰ってきたおっさん(リメイク版)
39/56

6 再デビュー

リメイク版です。


旧版との違いはとくにありません。

 杉下真治となってから一ヶ月が経ち、四月になった。


 孝四郎は入学の手続きも行ってくれたため、真治は再び高校生となることができた。ジョンは慈善団体に寄付した方が世の中のためになると言っていたが。


 住宅街にあるアパートの一室。そこが真治の新たな居場所だった。真治は【変身ベルト】を使い、制服にフォルムチェンジする。紺色のブレザーに灰色のスラックスといったスタイルだ。


 真治は、鏡に映る自分の姿を見て、年甲斐もなくワクワクした。戸籍上は15歳だし、見た目も若いが、中身は45歳のおっさんである。高校入学もこれが二度目だ。


 しかし楽しみなのだからしょうがない。楽しみなことに年齢など関係ないのだ。真治は心を弾ませ、鞄を片手に家を飛び出した。


 温かい陽気の下、期待と不安が入りまじった顔の新入生たちと一緒になって、学校に向かう。二度目の体験であるはずなのに、とても新鮮なことのように思え、真治は顔のにやつきを堪えられなかった。変な奴と思われないために、手で口元を覆う。


 桜並木が新入生たちを迎える。桜が舞う道を真治は歩いた。道の向こうに校門が見え、賑わっているのが、遠目にもわかった。


 校門の近くまで来ると、保護者の数も増えてくる。今日は入学式であるため、子供のために駆けつけたのだろう。


 保護者を見ていると、真治は何だか申し訳なく思う。保護者の多くは本来の自分と同じ年代の人たちだろう。頑張って、仕事と子育てを両立してきた彼らを傍目に、自分は今から二度目の高校生活を楽しもうとしている。そのことに対し、負い目がないわけではない。


 しかし真治とて遊んでいたわけではない。異世界を救うために奔走していたのだ。そのため真治は、卑屈になることなく、肩で風を切った。自分もいつか社会的責任を果たすべき時がくるだろう。ただ、戸籍上はまだそのときではないから、そのときが来るまで、人生を楽しむつもりだ。転生前にできなかった分を取り戻すくらいに。


「同級生とかいないよなぁ……」


 いる可能性はある。そして早速一人見つけ、真治は顔をしかめる。同級生ではなく、転生前に働いていた会社の女上司だった。他の保護者と談笑している。真治が転生する前、産休をとっていたが、そのときの子供が入学したのかもしれない。


「老けたなぁ」


 本人には聞こえないように声を潜める。化粧をして、実年齢より若く見えるが、にじみ出る老いは隠しきれていない。


「これはいるかもしれんぞ」


 もう一人見つけた。高校の時の同級生だ。名前は忘れたが、生徒会長を務めていた男。大企業に入社した噂は聞いていたが、その後のキャリアが順調であることは、彼の気品ある出で立ちから想像がつく。出世したなぁ、あいつも。と真治は素直に感心する。男のそばには制服を着た少女が立っていて、有能そうなオーラが出ている。蛙の子は蛙のようだ。


 そしてもう一人、同級生を見つけた。その男を認めた瞬間、心臓が大きく跳ね、嫌な汗がじわりと背中に浮かぶ。


「やれやれ。まさか、あいつと再び会うことになるとはねぇ……」


 杉本義則。この世界で最も会いたくないと言っても過言ではない男。嫌な過去が頭を巡り、胸が苦しい。魔王と対峙したときですら感じなかった恐怖を杉本からは感じる。


「落ち着け、俺……」


 真治は大きく息を吐き、呼吸を整え、言い聞かせる。確かに杉本は恐ろしい男だ。しかし、これまでの人生を顧みれば、もっと恐ろしいことだってあった。ただ、昔の記憶に体が怯えているだけだ。冷静になれば、杉本なんて恐れるに足りない存在だ。だから、怖がるな、自分。


 春の雪解けのように、こわばった体が楽になる。意識を変えることで、苦手意識を克服する。伊達に長く生きてない。


 そもそもあいつは杉本なのか? 真治はそんな疑問が浮かんだ。と言うのも、見た目がかなり変わっているからだ。最後に見た杉本は、三十路だと言うのにチャラチャラしたチンピラみたいなやつだったが、今の杉本は、頭を丸め、頬がこけた、修練を積んだ僧侶めいたいでたちだった。『老い』だけでは説明できない変化だ。杉本レーダーがなければ気づかなかったくらい変貌している。


 確かめたいが、声を掛けるのはちょっと気が引ける。


 そのとき、杉本と話す少女の存在に気づいた。黒髪を肩で切りそろえた少女だ。杉本と親しげに話す姿を見るに、二人は親子だ。杉本の娘とは思えない真面目そうな見た目だが。


 少女は杉本に微笑み、軽く手を振ってその場を離れた。教室に向かうのだろう。チャンス! と真治は少女の背中を追いかけた。


 その際、杉本とすれ違った。杉本を一瞥し、真治は眉をひそめる。やはり、男は杉本に見える。しかし雰囲気がかなり違う。何と言うか、前よりも不気味だ。そしてその手には分厚い本があった。小難しいタイトルの本。内容は気になるが、真治は少女を優先した。


 教室に向かう途中の少女に真治は声を掛けた。


「あの、杉本さん?」


 少女は振り返る。


「はい」

「杉本さんですか?」

「はい。そうですけど、何ですか?」


 少女は怪訝な表情を浮かべる。


「すみません、突然。ちょっと、お聞きしたいことがあるんですけど、あなたのお父さんって、杉本義則さんですか?」

「はい。そうですけど。父が何か?」


 やはりあの男は杉本か! 真治は玄関の方に目を向ける。


「あの、父に何か用ですか?」


 少女は不審者を見る目で真治を見ていた。


「あ、いや。特に用とかはないんですけど。ずいぶんと変わったなぁ、と思いまして」

「変わった?」


 少女の眉尻がピクリと動く。やばい、と真治は思った。余計なことを言ってしまったかもしれない。


「あなたは父のこと知っているんですか?」


 少女はずいっと真治に詰め寄る。真治は一歩後ずさる。


「知っているというか、その、まぁ、昔、色々ありまして……」

「へぇ。詳しく教えてくれませんか」


 そのとき、チャイムが鳴った。僥倖! とばかりに、真治は微笑む。


「すみません。教室に行かなきゃ」


 真治は慌てて教室に向かった。何とか誤魔化せた、と思った。しかし問題を先延ばしにしただけであることを数分後に痛感する。





 教室には、すでに多くの生徒の姿があって、ガヤガヤしていた。


 真治は自分の席に着いて一息ついた。色々と面倒な目に遭ったが、気持ちを切り替え、学校生活をともに楽しめる友だちを探そうと思った。


 真治は辺りを見回す。真治と同じように一人で心細そうにしている生徒が何人かいる。心が浮ついている今なら、打ち解けるのも容易だろうと考え、左斜め前方の男子生徒に話しかけようとした。


 が、それを遮るように女生徒が立った。顔を上げ、真治は固まる。杉本の娘が立っていた。


「父の話、聞かせてもらいましょうか」


 どうする? 真治は考える。まさか同じクラスだったとは。予想外の出来事に動揺する。取りあえず時間を稼ごうと思った。時間を稼いで解決策を考える。


「あー。その、先生が来るかもしれないんで、席に座った方がいいんじゃないですかね?」


 杉本の娘は真治の前から去った。真治はホッとした。が、それも束の間のことである。椅子を引く音が真後ろから聞こえ、振り返る。後ろの席に杉本の娘が座った。


「え?」

「ここが私の席だけど」

「え? あ、そうか」


 真治は自分の今の姓が『杉下』であることを思い出す。『杉本』が後ろでもおかしくない。


「私が後ろだとそんなに嫌なわけ?」


 ジト目で見つめられ、真治は観念する。これ以上の先延ばしは、無駄な抵抗にしかならない。真治は杉本の娘の方へ体を向けた。


「いや、そんなことはありませんよ、杉本……さん」


 杉本。その言葉を口にするのに、抵抗感がある。


「あの、あなたの父親の話をする前に、あなたの名前を教えてもらってもいいですか? ちなみに私は、杉下真治です」

「私は杉本クリスティーナ」

「クリスティーナ……。ずいぶんとハイカラな名前ですね」


 杉本の野郎、外国人と結婚していたのか。真治はクリスティーナの顔を眺める。杉本は顔だけは良かったから、彼女も整った顔立ちをしている。しかし、外国人としての特徴はあまりない。


 しげしげと彼女の顔を眺めていると、クリスティーナはぷっと噴きだした。


「何?」

「面白いな、と思って」

「え? 何で?」

「だって、冗談なのに。本気にしているんだもん」

「冗談?」

「そう、冗談。私の名前はクリスティーナなんかじゃないわ。杉本菜穂。それが私の名前」

「だましたのか!?」

「べつに、そんなつもりはなかったんだけど。ふふっ、ウケる」


 ぐぬぬ。さすが杉本の娘。しかし杉本ほど悪意があるわけではないようだし、笑う姿が愛らしいから許せてしまう。杉本なら、このネタで三日間はいじってくる。


「冗談ならもっとわかりやすい名前にしてくださいよ。『きてぃ』や『ありえる』みたいなキラキラネームとか」

「えー、でも、『ありえる』なら、ありえるじゃん」

「……」

「……」

「……は?」


 こほん、と菜穂はわざとらしく咳をする。


「で? あんたは父とどういう関係なの?」

「いやいやいや。その前に、先ほどの発言に関する説明をお願いします」

「うるさいなー」菜穂の顔がかぁと赤くなる。「その話は拾わなくていいから! 早く、あんたの話をしないよ!」

「いやー、でも、せっかく菜穂さんが頑張ったのに、ちゃんと広げることができなかったので」

「ああ、はいはい。わかった、わかった。私が悪かったですー。はい、この話はここで止め!」


 赤面の菜穂をからかうのは面白い。しかしやりすぎは禁物か。真治は「残念です」と笑った。


「と言うか、あんたは何で、そんな畏まった喋り方をしているわけ?」

「まぁ、初対面ですし。礼儀として」

「ふーん。別に気にしなくていいのに。と言うか、気にしないで、普段通りに喋って。こっちまで堅苦しくなっちゃうわ。同い年でしょ?」


 精神的には同い年ではないのだが、彼女が望むのであれば、そうした方が良いのだろう。


「そうで……。そうか。なら、普通に喋るわ」

「それでよし」

「で、菜穂さんは、俺がどうして父親を知っているのか、ききたいんだよな?」

「さん付けしてんじゃん」

「まぁ、それくらいは」

「ふーん。ま、いいか。そうだよ。あんたと父の関係が気になるの」

「昔の知り合いかな。知り合いと言っても、喋ったことはないんだが。何かの大人の集まりのときに、菜穂さんの父親がいて、それで、結構チャラチャラしていたから、幼心にも印象に残っていたんだ」


 我ながらよくできた言い訳だと真治は思った。が、菜穂の疑いの目はより濃くなった。


「へー」

「何か気になることでも?」

「ずいぶんと記憶力がいいんだなと思って。だって、父がチャラチャラしていたのは、私が3歳までのときのことだよ? 私は3歳のときの記憶なんてあまりないから、少なくとも、ただ目立つだけの大人を覚えていることなんてないから。だから、あんたの話が本当かな? と思うわけ」

「……まぁ、昔から記憶力だけは良かったから」

「ふーん」


 このままこの話しを続けるとぼろが出てしまうかもしれない。だから、今度はこっちのターンだ! と真治は口を開く。


「菜穂さんはどうして俺と菜穂さんのお父さんの関係が気になるの?」

「それは、まぁ、その……」


 明るい雰囲気から一転。菜穂は口ごもる。その顔に迷いがあった。


 余計なことを聞いてしまったか。


「すまん。言い辛いことだったか?」


 真治が心配そうに声を掛けると、菜穂はふっと口元をゆるめた。


「本当だよ。全く、私の中で結構ナイーブな問題なんだから」

「と言う割には、ずいぶんと明るいな」

「無理してるだけかもよ?」

「え? そうなの?」

「さぁ、どうでしょうねぇ」


 菜穂は不敵な笑みを浮かべる。菜穂の考えがわからない。先ほどの態度を見るに、『もしかしたら』がありえるだけに下手なことは言えない。


「やっぱり、あんた面白いわ。からかいがいがある」

「おい」

「ふふっ。まぁ、気になるなら教えてあげないこともないよ。でも、あんたのことよく知らないから、教えてあげない。だから聞きたかったら、私の信頼を得ることね。す・ぎ・し・た君」


 そう言って菜穂は微笑んだ。

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