5 厄介者
リメイク版です。
旧版には無い話です。(似た話はありますが)
浦さん雑貨の前に座り、シンジは夜空を眺めていた。
東京では夜空がきれいに見えないと言われていたが、今もそれは変わっていないようだ。異世界の夜空がきれいすぎただけかもしれないが。
足音がして、シンジは目を向ける。
薄闇の中から真面目な顔つきの孝四郎が現れた。
シンジはおどけた調子で言う。
「ホテルに泊まろうと思ったんです。でも道がわからなくて、ここに戻ってきちゃいました。……なんて、説明は不要ですね」
シンジは立ち上がり、尻の埃を払った。
「取りあえず、中に入りましょうか」
「彼女は大丈夫なんですか?」
「はい。あなたのおかげでね。一応、ジョンに警戒してもらっていますが」
孝四郎はシャッターを開けると、店に入った。シンジもその後に続く。
二人はカウンターの後ろの扉から店の奥へと進んだ。休憩室と思しき部屋も過ぎ、倉庫へと入る。孝四郎が倉庫の棚に陳列された置物の位置を変えると、鍵の開く音ともに、床の一部が持ち上がった。隠し扉だ。孝四郎は扉を開き、階段を下りるよう促す。シンジは孝四郎に従い、階段を下りた。そこはコンクリート打ち放しの地下室だった。
「ずいぶんと洒落たものをお持ちなんですね」
「ええ、まぁ。仕事の関係でね。どうぞ、そちらへお座りください」
地下室は応接間といった感じで、部屋の中央に、机とソファーが設置されており、シンジが一方のソファーに座ると、孝四郎は対面に座った。
「お茶かコーヒーはいりますか?」
「いらないです。それよりも、先ほどの件について、詳しく教えてください」
「わかりました。お話ししましょう。何から聞きたいですか?」
「さっきの男について教えてください。あいつは何者なんですか? 魔物ですか?」
「魔物? 確かにそうとも言えますね。ただ、私は彼のような存在を『厄介者』と呼んでいます」
「厄介者?」
「はい。彼らは他者に対する強い怨みから異能を手にした連中です。そして、自分の怨みを晴らすために異能を利用します。だから、厄介なんですよ。彼らが力の無い一般人であったなら、警戒するだけで済むんですけど」
「それじゃあ、さっきの男は、あの女子高生のことを恨んでいたということですか?」
「はい。今回のケースは完全に逆恨みなんですが、あの男は彼女とプロデューサーの関係を勘違いして、彼女のことを怨み、力を手にしたみたいです。それで、力を使ってプロデューサーを殺し、彼女も殺そうとした」
「勘違いしただけではなく、実際に殺しまでやる。確かに、それは厄介ですね。でも、どうして強い怨みを持つと異能に目覚めるんですか?」
「それはよくわかりません。怨みの閾値みたいなものがあって、それを超えると奇跡が起こるのではないか、と考えています。『奇跡』と言っていいのかはわかりませんが、それはもう奇跡としか言いようがありません。ただ、これには個人差があって、彼のようにすぐに目覚める者もいれば、積年の恨みによって目覚める場合もあります」
「なるほど。それで、浦さんの仕事は、厄介者を殺すことなんですか?」
「いえ、私の仕事は『逃がし屋』です。厄介者のターゲットとなった相手を、厄介者から遠ざけるのが私の仕事です。私は異能を有していないため、彼らと戦っても勝ち目はありませんからね。戸籍を作ることができるのもそのためです」
「でも、さっき、あの場には銃を構えた人もいましたよね? あの人は何者なんですか?」
「やはり、気づいていましたか。あれは『掃除屋』です。私よりも武闘派な方々です。基本的に彼らと仕事はしないんですが、今回は依頼者がアイドル活動を続けたいとのことだったので、彼らにも協力してもらったんです。厄介者の排除は、リスクが高いので、あまりやりたくない方法なんですが……」
「なるほど。彼らがすぐ撃たなかったのも、何か作戦があったからというわけですか」
「そうですね。ただ、彼らが攻撃しなかったのは、作戦以外にも理由があります。あの男が本当に厄介者であるかどうかわからなかったからです」
「浦さんはあの男が厄介者であることがわかっていたんですよね?」
「確証があったわけではありません。厄介者を知る方法は今のところありませんからね。彼がプロデューサーを殺したときの現場の状況やあとは私の『勘』で判断したんです」
「勘ですか」
「はい。勘です。この仕事を長くやっていると、見ただけで何となくわかるようになるんですよ。相手が厄介者かどうかが。熟練の酪農家がウシを見分けることができるように。でも、それは結局、『何となく』なので、確証を得るためには、実際に使用しているところを押さえる必要があるんです」
「へぇ」
厄介者でなくても、迷惑なストーカーなんだから、殺しても問題ないのでは? とシンジは思ったが、苦笑し、心の中に納める。それはいささか狂人の発想か。
「と言うか、よく考えたら、俺はあの男を殺してしまったんですよね? 何か、罪に問われるんですか?」
「もしもシンジ君が彼を殺した証拠があるのなら、シンジ君は逮捕されるでしょう。しかし、シンジ君があの男を殺したことを証明できる人間は誰もいませんよ。あの場にいた人間ですら、意見が食い違っているのですから」
「そうですか」
「ただ、もしもシンジ君があの男を殺したのであれば、その真実は残ります。シンジ君の心の中に」
「俺の、心の中に」
シンジは自分の胸に手を当てた。人を殺したという実感はなく、魔物を殺したくらいにしか思っていない。しかし、シンジのせいで一人の男が死んだのだ。シンジはあの男に対し申し訳ないとは思う。が、罪の意識は無かった。
殺すことに慣れてしまったか。
シンジは気難しい顔で胸から手を放した。
「さて、シンジ君。今度は私の質問に答えていただきましょうか。あなたは何者なんですか?」
孝四郎の目つきが敏腕刑事みたいに鋭くなる。
浦さんに自分の素性を明かしても良いのだろうか。シンジは考える。自分のことを、よく知らない人に話すのは好きじゃない。それに、孝四郎のこともよく知らない。良い人には見えるが、それが信用に直結するかはまた別の話だ。話すべきか、それとも……。
シンジが答えに窮していると、孝四郎は微笑んだ。
「話したくないのであれば、話さなくても結構ですよ」
「……すみません」
「いえいえ。誰しも話したくないことの一つや二つありますからね。それで、話は変わりますけど、シンジ君、私の仕事に協力してもらえませんか? さきほども言いましたように、この仕事には常に危険が伴います。ただ、先ほどシンジ君の力を拝見し、シンジ君と一緒なら、厄介者によるリスクが格段に下がるのではないかと思ったんです。もちろん、お金は出しますよ。それに、戸籍や家なんかも準備させていただきます」
「戸籍や家が手に入る……」
それに金も得ることができる。危険な仕事なら慣れているから、問題ない。とくに難しい仕事とも思えなかったので、シンジは首肯した。
「ぜひ、協力させてください。でも、いいんですか? 俺みたいな、素性の知れぬ人間に仕事の協力を依頼するなんて。もしかしたら、裏切るかもしれませんよ」
「仕事柄、色んな人を見てきましたから、その人物がどういう人物であるかは、見ればわかります。これも勘ですけど。そして私の勘が、あなたは悪い人ではないと告げています。だから、協力をお願いするんです。それで、裏切られたとしたら、私はその程度の人間だった。それだけの話です」
「……なるほど」
「さて、では早速、戸籍を作りますか」
孝四郎は立ち上がり、ノートパソコンを手に、「お隣、失礼しますね」と、シンジの隣に座った。孝四郎は手慣れた動作でパソコンを立ち上げ、操作する。昔よりも立ち上げが早いことに、シンジは驚く。
孝四郎が操作するパソコンの画面を眺めながら、シンジはふと疑問に思ったことを口にする。
「そう言えば、ジョンさんも浦さんの協力者なんですよね?」
「はい。そうです」
「彼も何かしらの力が使えるんですか?」
「いえ、彼も一般人です」
「それじゃあ、俺みたいな力を持った協力者はいないんですか?」
「いないわけではないんですが、あまり一緒に仕事をしたくないという感じですね」
孝四郎はパソコンを操作する手を止め、シンジと向き合った。
「厄介者には大きく分けて、三種類のタイプがあるんです。
一つ目は特定の人間に対する強い怨みを有しているタイプ。このタイプの厄介者は、特定の人間とその周囲の人間に対しては能力が使えるんですが、無関係な人間に関しては、全く異能が使えないんです。と言うのも、厄介者の力の根源は『他者に対する強い怨み』なんですが、無関係な人間には、殺したいほどの恨みがないからです。そのため、このタイプの厄介者に仕事を頼んでも、いざという時に発動しなかったりするんで、仕事が頼めません。
二つ目は社会に対し強い怨みを持っているタイプ。こういうタイプの厄介者は、相手が誰であっても能力が使えます。しかし彼らは狂犬なので、制御できなかった場合、より面倒な事態となります。そのため、こういうタイプの厄介者にも仕事は頼みません。
そして三つ目は、怨みを制御できるタイプ。このタイプの厄介者は、どんな状況でも能力が発動でき、また、理性的に物事を考えることができるので、仕事を頼むなら彼らです。しかし彼らには傲慢な側面があり、必ずしもこちらの意図を組んで行動してくれるわけではありません。だから、昔、ちょっと面倒なことになって、それ以来、彼らとは距離を置いて接するようにしているんです。今回、協力を要請した『掃除屋』もこのタイプですね」
「なるほど。一筋縄ではいかない連中というわけですか」
「ええ。だから、私にとって、シンジ君は救世主に見えますよ」
「扱いやすいってことですか?」
「いえいえ、信用できる人間という意味ですよ」
まだ出会って間もない自分のことを、なぜ、そこまで信用できるのだろうか。孝四郎の笑みの背後にある考えが、シンジにはわからなかった。
孝四郎はパソコンを操作し、専用のプログラムを開いて言った。
「まずは名前から決めましょうか。あまり派手な名前はおススメしませんが、何か、要望はありますか?」
「要望ですか……。そうですね、名字は何でもいいんですけど、名前はシンジでお願いします」
転生前も「シンジ」と呼ばれていたし、異世界でもシンジと呼ばれていたので、今さら別の名前で呼ばれても違和感しかない。
「わかりました。漢字はどうしますか?」
「お任せします」
「名字もとくにこだわりがないとのことでしたので、名前はパソコンに決めてもらいますか」
パソコンに名前を決めてもらう時代になったんだな。シンジはしみじみとパソコンの画面を眺める。
孝四郎は読み仮名のシンジだけ指定し、名前の作成ボタンを押し、数秒でシンジの新たな名前が表示された。
『杉下真治』
それが真治の新たな名前だった。
「この名前で良いですか?」
「はい。構いません」
杉下真治か……。真治は思案顔で自分の名前を呟いた。




