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異世界転生おっさん、帰還して元いじめっ子の娘に惚れられる  作者: 三口 三大
帰ってきたおっさん(リメイク版)
37/56

4 浦さん雑貨④

リメイク版です。


新キャラが登場し、旧版には無かった展開になります。

「ブラザー! いいものがあるよ!」


 ジョンは白い歯をのぞかせ、強面の二人組に話しかけた。


 よくあんな人に声をかけられるな。シンジはジョンに感心しながらも、白けた表情で、他の客を探す。

何で俺がこんな仕事をしなければいけないのか。シンジは先ほどの孝四郎の言葉を思い出す。


「ここにあるものを全部売ったら、20万なんてあっという間ですよ」

「え?」

「嫌ですか?」

「あ、いや、何と言うか、もっと、違う仕事をさせられると思ったんで……。例えば、白い粉を運ぶ仕事とか」

「ここはしがない雑貨屋ですよ。そんな仕事はありません」

「でも、戸籍は手に入るんですよね?」

「そういうこともあるって話ですよ」


 キャッチ以外の仕事を紹介する気がないように感じたから、シンジは諦めてキャッチの仕事をすることにした。そして今に至る。まだ、客は一人も捕まえられない。


「またよろしく頼むよ、ブラザー」


 ジョンは笑顔で客を見送った。客は店にすら入らなかったのに、ジョンは笑顔で対応する。手練れのキャッチだな、とシンジは思った。


「あの、ジョンさん」


 シンジが声をかけるが、ジョンは明後日の方向を向いたまま、反応しない。


「あの、ジョンさん?」


 シンジはもう少し大きな声を出す。しかしジョンは、やはり反応しなかった。


「無視ですか!?」

「あ、何?」ジョンは煩わしそうに目を向ける。「世界の子どもたちを貧困から救う方法について考えていたんだけど」

「立派ですね」

「で、何? 何か用があるの?」

「特に用と言うわけではないんですが、何かお話しできたらなと思いまして」

「仕事中は私語厳禁だよ」

「意外と厳しい職場なんですね」

「むっ」とジョンは宙を睨む。「今、ワクチンを効率的に運ぶ方法が閃いたぞ」


 ジョンは思案顔になって、ぶつぶつと何事か呟きはじめる。


 本気かどうかはわからないが、会話をする気がないことを察したシンジは大人しく、キャッチをすることにしたが、元々人通りが少ないし、人が来ても、大抵強面だから声をかけることができなかった。


 しかしジョンは違った。相手が何者であっても、とりあえず声を掛ける。


「おう、ブラザー! どうだい? 見て行かないかい?」

働くジョンの姿を見て、シンジは「45」と自分に言い聞かせた。45年。シンジが精神的に生きてきた年数だ。45年も生きた男が、キャッチの一つもできないなんて情けない。シンジは気合を入れ、表情を引き締めた。


 よし、それじゃあ次に来た客に声をかけようと思ったとき、「あの」と声を掛けられた。


 目を向けると、マスクをした長い黒髪の女子高生が立っていた。艶のある黒髪に大きな瞳。マスクを外しても美人なのだろうとシンジは思った。


「はい、何ですか?」

「浦さん雑貨ってここであってます?」

「はい、あってます」

「おう、待ってたよ!」と言ったのはジョンだ。「浦さんが待ってる。こっちだ!」


 ジョンは女子高生を案内し、店内に入った。


 何者なのだろう。


 シンジが気にかけていると、ジョンが顔を出して言った。


「しばらく俺は中にいるから、外はお前がやっておけ」

「……わかりました」


 まぁ、何者でも自分には関係ないか。余計なことに首を突っ込むような真似はしてないで、自分の仕事をすることにした。


 ちょうどそのとき、大学生風の男が目の前を通り過ぎようとした。シンジはにこやかな顔で、「あの、ちょっといいですか?」と声を掛けた。





「いや、たいしたもんですね。初めてなのに、皿を三枚も売るなんて」

「まぁ、はい」


 45年も生きていれば皿を売るなんて造作もないことだ。しかし売った相手が、お年寄りばかりだったのは、少しだけ心苦しい。騙したみたいで、申し訳ない。


「今日の売上、1万8千円は君の物です」


 孝四郎から紙幣を受け取る。戸籍を手に入れるためにはまだまだ足りない。


「閉店時間だよ」とジョンに肩を叩かれる。「さぁ、帰った。帰った」

「泊まる場所がないんですが」

「ホテルならたくさんありますよ」


 やはりそうなるか。シンジは渋い顔で紙幣をポケットにしまった。他に金を稼ぐ手段を考える必要があるようだ。


「そう言えば、浦さんは人に恨まれるようなことしていますか?」

「恨まれるようなこと?」

「浦さんがそんなことするわけないだろう!」

「そうですか。なら、いいんですけど」

「何か、気になることでも?」

「いえ、とくには。それじゃあ、また来ます」

「待ってください。私たちも帰るところです。途中まで一緒に帰りましょう」


 孝四郎たちの閉店作業を少しだけ手伝い、シンジは孝四郎とともに店を後にした。


 夜になり、一層寂しくなった路地を三人で歩く。


「シンジ君は不思議な人ですね」

「え、そうですか?」

「はい。見たところ、子供なのに、大人のような落ち着きのようなものがあります」


 そりゃあ、中身は45のおっさんだからな、とシンジは心の中で苦笑する。


「そうですか? 俺には生意気なガキにしか見えないよ」

「ジョンもそのうちわかるようになりますよ」


 三人は近くの駐車場まで来た。孝四郎とジョンは車で帰るらしい。孝四郎は、シンジに安いホテルへの生き方を教えると、「それじゃあ。また明日」と微笑み、車に乗って、去って行った。


 シンジは落胆の表情で見送る。


「マジでホテルかよ……」


 仕方ないとシンジは歩き出した。


 とりあえず、大通りに出ようと思い、裏路地を進む。


「ここを左に曲がって、まっすぐ行くんだっけ」


 孝四郎に教えられた通り、左に曲がると、奥に明かりと歩行する人の姿が見える。孝四郎に教えてもらった大通りだ。


 シンジが大通りに向かっていると、突然、路地裏に進入してくる人影があった。


「おっと」


 シンジは脇に避ける。その前を女子高生が走り抜ける。その横顔にシンジは見覚えがあった。浦さん雑貨に来た女子高生だ。マスクはしていないが、格好から判断するに、間違いない。彼女はひどく怯えた様子だった。


 甘い香りを残して、彼女が去った直後、今度は別の人影がやってくる。


「待ってよ。ゆいたん!」


 太った中年の男だった。髪が薄くて、眼鏡をかけている。つんとした臭いにシンジは顔をしかめる。男は女子高生を追いかけ、女子高生は男から逃げているようだ。


「そりゃあ、あんなのから追いかけられたら、逃げたくなるわな」


 女子高生は路地裏の暗闇に消え、男の姿も見えなくなる。


 シンジは大通りに向かって歩き出した。自分には関係のないことだ。だから、女子高生を助ける義理は無い。……と思うのだが、やれやれと肩をすくめ、振り返った。





 シンジは壁に身を潜め、女子高生と男の様子を眺めた。


 女子高生は恐怖の色を濃くして、男と対峙していた。後ろは壁で、左右も壁。前方から近づいて来る男からの逃げ場はない。


「ゆいたん! ようやく、ようやく、捕まえたよ」

「やめて、来ないで!」

「そんなこと言わないでよ、ゆいたん。僕はゆいたんの一番の理解者なんだから」

「違う! あんたなんか、私の理解者じゃない!」

「どうして、そんなこと言うの?」

「だって、私の……私の理解者は……」


 女子高生は俯き、拳を握る。肩が震えていた。


「あの男だとでも言うのか? あの自分のアイドルに手を出すクズに」


 女子高生はハッと顔を上げる。その顔は怒りで満ちていた。


「違う! あの人はそんな人じゃない」

「でも、あの男と寝たんだろう?」

「寝てない! むしろ、彼は私を、誰よりも大事にしてくれた……」

「嘘だ!」男の怒声に、女子高生は後ずさる。「嘘だ! ぼくは見たんだぞ! お前らが二人でホテルに入るところ!」

「あれは、取材だったの」

「そんなこと言ったってぼくは騙されないぞ! ぼくはあの光景を見たとき、どれほど傷ついたか……。ゆいたんがぼく以外の人間を好きになるなんて、許されないんだ!」

「な、何を言ってるの? 意味わかんない……」


 本当にな。シンジは女子高生の心境に同情する。状況から察するに、女子高生はアイドルで、男はそのファンのようだ。いつの時代も面倒なファンはいるんだな、とシンジは冷静に見ていた。


 シンジは女子高生を囲む建物の方へ目を向けた。女子高生と男のやりとりも気になるが、シンジには他にも気になることがあった。【気配感知魔法】を発動すると、その場に、他に五つの気配があることに気づく。右の建物に潜む二人は孝四郎とジョンだ。残り三つは左の建物に二人、女子高生の後ろの建物に一人いる。


 何者なのだろう? シンジは【幻視虫】を発動した。これは【幻覚魔法】の一種で、発動とともに、蛍を模した虫が現れる。この虫の光を見せることで相手に幻覚を掛けることができるのだが、この魔法の真価は幻視虫をカメラのように使うことができることだ。この機能は、シンジが開発したものだった。


 シンジは幻視虫を飛ばした。そのとき、女子高生と男の間で動きがあった。シンジは女子高生たちに意識を向ける。


「でも安心して、ゆいたん。あの男はちゃんとぼくが始末しておいたから。だからもう、ぼくたちの愛を邪魔する者はいないよ」


 女子高生は大きく目を見開いた。


「マネージャーを殺したのは、やはりあなただったのね」

「そうだよ。ぼくだよ。あいつはぼくのゆいたんの心を惑わしたんだから。殺されて当然なんだよなぁ」

「最低! 死ね!」

「何とでも言えばいいさ。ぼくにはわかっているんだから、その言葉がゆいたんの本音ではないことを」


 男が女子高生へ歩み寄る。女子高生は頭を振って、男を拒絶した。


「いや、来ないで」

「やーだ。今からぼくらは一緒になるんだ。ずっと、ずっとね」


 シンジは舌打ちした。女子高生が絶体絶命のピンチである。しかし誰も動こうとしない。孝四郎とジョンは緊張した面持ちで見ているだけだし、左の建物にいる男の一人は、不審者の頭部へ銃を向けているが、引き金を引こうとしない。後ろの男も静観しているだけだった。


「いや、いやぁ!」


 女子高生の悲鳴が大きくなる。このまま見過ごすわけにはいかない。シンジは仕方ないと飛び出した。


「そこまでだ!」


 女子高生に近づいていた男はピタリと止まり、振り返る。その男の顔を見て、シンジは眉をひそめた。人間の顔ではなかった。溶けた蝋のように皮膚がたるみ、頬を伝って、滴が落ちた。この男は魔族か、魔物か? この世界にもそんな連中がいたんだ、と呑気に観察する。


「誰だ、テメー」

「俺は女性の悲鳴を聞きつけ、通りかかった、名も無きサラリーマンさ」


 サラリーマンではない。しかし、その場にいる人間にはシンジがスーツを着た中年男性に見えている。孝四郎とジョンを除いては。


「はぁ? カッコつけてんじゃねぇぞ、おっさん。死にたくなかったらな」


 男の体はさらに溶けだし、ゲル状になった。その姿にシンジは見覚えがあった。異世界で見たスライムマンである。


「お前、スライムマンか?」

「スライムマン? そうだ。俺は自分の体を液体にできる」

「ふぅん、そうか。なら、魔物ということだな?」


 シンジはニヤリと笑う。相手が魔物なら、容赦なく殺せる。ちなみに孝四郎とジョン以外には、男は太った中年男性にしか見えない。そのためシンジの発言には、違和感を覚えている様子だった。


「ぼくは魔物なんかじゃない。愛の戦士だ」

「と言う名の、魔物なんだろ?」

「だから、違うと言ってるだろう!」


 男が液体をまき散らしながら跳びかかってきた。が、その体は一瞬にして蒸発する。スライム系統の魔物には【火炎魔法】が有効だ。シンジが放った火球によって男は蒸気になった。このとき女子高生たちには、シンジが男をぼこぼこにし、男が逃げ去ったように見えている。


 男の姿が見えなくなったことに安堵したのか、女子高生はその場所にへたり込んだ。シンジは女子高生の前に立って言った。


「これでもう大丈夫。何があったかは知らないが、あのストーカーは君の前に現れないさ」

「どうして、そう言えるんですか? また、襲ってくるかも……」


 ポンポンと女子高生の頭を撫でる。


「おっさんを信じろ」


 シンジは女子高生に微笑みかける。


「さて、それじゃあ、俺は行くよ。君の世話をしてくれる人は他にもいるみたいだし」


 シンジは右の建物に目を向ける。話は後で聞かせてもらうと言いたげに。


 そして踵を返すと、裏路地の闇へと進む。


「あの、ちょっと待ってください! あなたの名前は!」

「さっきも言ったろ? 名も無きサラリーマンだ」


 シンジは軽く手を振り、その場を離れた。

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