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異世界転生おっさん、帰還して元いじめっ子の娘に惚れられる  作者: 三口 三大
帰ってきたおっさん(リメイク版)
34/56

1 ある男のこれまで

リメイク版です。


旧版との違いはそんなにありませんが、社員に名前が付きました。あと、ノートの内容が一部異なります。

 年下の課長である根岸に舌打ちされ、真治は申し訳なさそうに眉根をよせた。


「何回同じことを言えばいいのかなぁ」


 根岸は苛立ちを露わにした表情で書類を眺め、また、舌打ちした。


「すみません。直しておきます」

「いや、いいや。これ以上あんたに任されないわ。おい、飯塚!」

「はい」


 根岸に呼ばれ、入社して二年目の飯塚が根岸の前に立つ。


「これ、やっておいて」


 根岸に手渡された書類に目を通し、飯塚は気まずそうに顔を上げた。


「あの、これって」

「お前がやれ。お前ならできるだろう」

「まぁ、できないことはないですが」

「んじゃ、よろしく」


 飯塚は真治を一瞥し、いそいそと自分の席に戻った。


 真治は口を固く結んだまま立っていたが、根岸は気にかけることなく、パソコンに向き直った。


「あの」

「いつまでそこにいんの。話は終わり」

「……すみません」


 真治は頭を下げ、自分の席に戻り、パソコンに向き合う。まだ仕事は他にある。今回の仕事は自分に合わなかっただけだ。だから、他の仕事をして、根岸を見返してやろう。真治はそう言い聞かせ、ファイルを開く。しかし、パソコンの画面を眺めたまま、動けなかった。


 ごほん、という隣席の社員の咳払いで、思い出したようにキーボードに手を置くが、やはり、動けなかった。このままではまずいと思い、マウスを操作する。しかしポインタは画面の右から左へ移動するだけだった。


 結局その日は、仕事が手に着かなかった。大きなため息を残し、会社を出た。


 夕日を照り返すビジネス街。帰路に就く人波に従って、真治は歩く。若い社員たちは根岸を誘って飲みに行ったが、真治が誘われることは無かった。ビルの合間を抜ける肌寒い風に背中を丸める。


 どうしてこうなったのか。真治は気難しい顔で口を結んだ。自分はもっとできる人間で誰からも信頼される大人になるはずだった。しかし現実は、誰にも相手にされない、無能な、社会のお荷物である。


 どうして、こうなったのか。


「ねぇ、パパ。これ買って!」


 元気な少女の声。真治は目を向ける。ショーウインドウに並ぶ人形を見つめる少女がいた。


「うーん。どうしようかなぁ」


 少女と一緒になって、ショーウインドウを覗き込む男がいた。茶髪でニッカポッカを着た土方の男だった。


「いいでしょう?」

「えー。でも、恵美は言うことを聞かないからなぁ。昨日も勉強をサボったろ」

「今日からちゃんとするからぁ」

「ふぅん。でも、いっつも口だけだからなぁ」

「ちゃんとするから。ね! お願い!」

「わかった。なら、サンタさんにお願いしてやる。恵美がこれから、ちゃんといい子にしていたら、サンタさんに、恵美にこの人形を買ってくださいってお願いしてやる」

「ほんと!」

「ああ。パパは約束を守る男だ」

「わーい。やったぁ!」


 少女は跳びはねるほど喜び、男の手を引く。


「早く帰ろう! お勉強しなきゃ!」


 男は苦笑し、立ち上がった。その際、真治と目が合った。


 真治は目を大きく見開く。真治はその男を知っていた。顔に面影があった。その男は、昔、自分をいじめていた杉本だった。


 杉本は真治であることに気づいていないようだった。とくに気に留めることなく、少女と一緒に歩き出した。少女と手をつなぎ、幸せそうな顔で歩く杉本の横顔を、真治は呆然と眺めた。


 ――それから、どうやって家に帰ったか覚えていない。気づいたら部屋にいた。床にはビールの空き缶が転がっていて、酒臭かった。


 真治はベッドに座ったまま、宙を眺めた。


 どうしてこうなったのか。そんな疑問が頭の中でぐるぐる回る。


「そう言えば、あれがあったな……」


 ベッドから下り、クローゼットに向かう。中を開け、奥にしまっていた段ボールを引っ張り出し、開けた。カビの臭いに、真治は不快感を覚えた。それでも中を物色し、一冊の本を取り出した。


 真っ黒なノート。油性のペンで外を塗りつぶした。そして白の修正液で『死の宣告』とタイトルを書いた。当時流行っていた漫画を真似て作ったもので、本気で杉本たちを呪い殺すつもりだった。


 ノートを開く。『杉本義則、屋上から落ちて死ぬ』と一行目に書いてあった。杉本に屋上から落ちて死んでほしかった。石榴みたいに内臓をぶちまけ、死んでほしかった。下の行に『杉本義則、トラックに押しつぶされて死ぬ』、『杉本義則、二人乗り自転車で事故って死ぬ』『杉本義則、首を吊って死ぬ』、『杉本義則、サイコパスに家族を無惨に殺された後、爪を剥がれ、眼球をくり抜かれ、四肢を切断され、歯を全部折られ、凌辱の限りを尽くされ、サイコパスの絶頂とともに死ぬ』と書いてあった。次のページをめくる。


 『死ね』でページが埋め尽くされていた。


 次のページをめくる。再び、杉本の死に方が記してあった。杉本だけではない。杉本の仲間たちの名前もあった。


 ページをめくるたびに、真治は思い出す。あのときの自分がどれほど杉本たちを恨んでいたか。そして、どれほど死んでほしいと思っていたか。奴らなんて生きている価値のない人間で、社会のゴミクズで、奴らが消えることが世の中のためだし、それを望んだ。彼らには不幸になって欲しかった。


 しかし現実は違った。不幸になるべき人間が幸福を手にし、幸福になるべき人間が不幸になる。望んでいた未来とは全く違う風景がそこにはあった。


「人を呪わば穴二つ、と言うことか……」


 これが人の不幸を望む人間に相応しい結果なのかもしれない。真治は力なく笑い、ノートを段ボールに戻した。


 段ボールをクローゼットにしまおうとして、真治の動きが止まった。天井に目を向け、段ボールに目を戻す。


 この段ボールは踏み台として良いかもしれない。


 ――死のう、と思った。

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