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3.シンデレラボーイ

 魔王が死んだ! その吉報に人間界のすべての人々が歓喜した。人々は酒を酌み交わし、暗黒時代の終焉を祝った。


 しかし本当の意味での戦いはまだ終わっていない。魔界自体には魔王軍の残党がいるし、人間界にも魔王軍による大きな爪痕が残っていた。魔界との新たな関係構築、そして、復興を成し遂げてこそ、新時代の到来と言える。


 復興という点に関して言えば、聖都エクスデ・プルトの復興が最優先に行われた。聖都にある大聖堂エクスデ・プルトの鐘の音が、人間界に巣食う邪鬼を払い、人々に勇気を与えると言われているからだ。各国の首脳は、この鐘の音の復活こそ、人間が復興に向けて歩みだす大きな一歩になると考えた。


 しかし聖都及び大聖堂は魔王軍によって完膚なきまで破壊された。そのため、各国の優秀な大工が聖都に派遣され、大聖堂の建築と鐘づくりを急いだ。


 そして不眠不休の作業によって、大聖堂は五日間、鐘は十日間で完成した。聖なる力を宿す儀式は大聖堂に対しても行われたが、鐘に対する儀式の方が複雑だった分、時間が掛かった。


 魔界で、穏健派の魔族とともに、魔王軍の残党探しを手伝っていたシンジは、鐘が完成したという知らせを聞き、エクスデ・プルトに急いだ。


 エクスデ・プルトに到着したとき、ちょうど鐘が大聖堂に搬入されるところで、今にも死にそうな、それでも充実感に満ちた顔の、鐘職人ドリラと会った。シンジが小さいころにお世話になった恩人である。


「ドリラさん、やりましたね」


 話しかけてきた相手がシンジであることに気づき、ドリラは満面の笑みを浮かべる。


「なぁに、お前さんがやったことに比べれば大したことないよ。ありがとうな、世界を救ってくれて」

「いやいや、こちらこそ。ドリラさんにはかなりお世話になりました」


 シンジが深々と頭を下げると、「やめろよ、そう言うの。柄じゃねぇんだよ」とドリラは頬を掻く。


「鐘を設置するぞ!」という声に、「特等席で見なければ。じゃあな、シンジ。後で一緒に酒を飲もう」とドリラは人混みにまぎれた。


 ドリラの姿が見えなくなるまで、シンジは見送った。


「ねぇ」と袖を引かれ、振り返るとミーナが立っていた。その格好に、シンジは呆気にとられる。いつもの格闘服ではなかった。淡いピンク色のドレスを着ていた。金色の髪を後ろでまとめ、気品のある出で立ち。魔王軍の幹部を殴り殺した女には見えない。それもそのはず、ミーナは元々、ギルドラ王国のお姫様なのだから。シンジがその才能を見抜き、一流の格闘家にまで育て上げたのだ。


「そんなにじろじろ見ないでよ」

「あ、ごめん、つい。その、きれいだな」

「ふ、ふん」とミーナは頬を赤く染め、顔をそらした。「あんたに言われなくてもわかってるわ」

「さいですか」

「それよりさ、今までどこにいたの?」

「あぁ、魔界で残党狩りを」

「はぁ」とミーナはため息をもらす。「何であんたがまだそんな仕事をしてるのよ。そんなの他の人に任せておけばいいじゃない」

「そういうわけにもいかないのさ」

「むぅ」

「不満か?」

「別に。私はどうでもいいけど、でも、お父様とお母様が早く、あんたを連れてきなさいってうるさいの」

「ミーナの両親が? 何で?」

「何でって、そんなの、私が知るわけ――」

「優秀な跡取り息子が欲しいんすっよ」


 とミーナの後ろからひょいっと顔を出したのはウェンツだった。


「優秀な跡取り息子?」

「そうっすよ。もっと、はっきり言えば、ミーナと結婚して、ゆくゆくはギルドラ王国の王に――」

「ウェンツ」


 ミーナのドスの利いた声に、「へへっ、ちょっとお節介が過ぎましたね」とウェンツは渇いた笑みを浮かべたまま、逃げるようにその場を去った。


 ウェンツの姿が見えなくなって、ミーナはため息をもらす。


「さっきのあの馬鹿が言ったことは忘れて。ただ、あんたにお礼を言いたいそうよ」

「そうか。なら、行かなきゃな」

「本当?」

「ああ」

「ふぅん。なら、今日にでも行こうよ。お父様やお母様だけじゃない。お兄様やお姉さまだって、シンジに会いたがってるんだから」

「今日? 今日はちょっと無理かな……」

「どうして?」


 ミーナの目つきが鋭くなり、シンジに詰め寄る。


「怪しい」

「まぁ、色々あるんだよ」


 シンジは笑ってごまかした。不意に、シンジは視線を感じ、目を向けた。長い前髪で右目を隠している町娘のレナが人ごみにまぎれ、立っていた。他の人が晴れやかな表情であるのに、レナの顔は暗い。レナはシンジと目が合うと、その場から離れた。


「すまん。ミーナ」

「あ、ちょっと」


 ミーナはシンジを掴もうとした。が、その手は空を掴み、シンジを捕らえることができなかった。


 シンジは振り返って、ミーナに微笑みかける。


「ミーナ。ミーナとの旅は最高に楽しかった。ミーナに出会えて良かった。ウェンツにもよろしく伝えてくれ」


 シンジは手を振って、走り去った。


「何よそれ」


 ミーナはシンジを掴めなかった手を握り、不甲斐ない自分を責めるように額に押し付けた。シンジに思いを告げることができなかった。だから、シンジは、あの女の下に……。




 レナは聖都のパン屋で働く町娘だ。表向きは。しかしシンジは知っている。彼女が自分に異世界転生という機会を与えてくれた神族であることを。


 レナは大聖堂から離れた場所にある、今はもう原形を留めていないパン屋の前に立っていた。寂しそうな顔で。別れを惜しむように。


 シンジはレナのそばに立って、頭を下げた。


「レナさん、ありがとうございました」

「……礼を言われるようなことをした覚えはない」

「俺がこうして今、ここにいられるのも、レナさんのおかげです。あのとき、レナさんが転生の機会を与えてくれなかったら、俺は多分、本当の意味で死んでいたと思います」

「……皮肉なものだな」

「何がですか?」

「私にとって君は、ただの実験台にしか過ぎなかった。異世界転生魔法、しかも魔王にとって脅威となり得るような能力付加というおまけ付きの魔法を完成させるための。今まで幾度となく挑戦し、何度も失敗してきた。だから、君もこれまでの実験台同様、すぐに死ぬもんだと思っていた。でも、死ななかった。そして、魔王を倒した」

「なら、良かったんじゃないですか? 俺もレナさんの役に立てたようで、嬉しいですし」

「そうだな。今回の術式を学会で発表すれば、私の地位は飛躍的に上がるだろう。ただ、その結果、君を失うことを私は寂しく思う。まさか、私にこんな感情があるなんて思いもしなかった。君は本当に面白い実験台、いや、人間だ」

「レナさん……」

「本当に帰ってしまうのかい? 今ならまだ間に合うのでは? 鐘が無くとも、君がいれば、この世界の人間は、前を向いて生きていけるさ」


 シンジは苦笑し、首を振った。


「買いかぶりすぎですよ。俺に、そんな力はない。俺にあるのは、気に入らない連中をぶん殴るだけの暴力ですよ」

「そんなことはないと思うが……。やれやれ、もっとナルシストな考え方も付与すれば良かったかな」


 大聖堂前から、大きな歓声が聞こえた。


「もうすぐ、鐘が鳴るな」

「そうですね」

「なぁ、シンジ?」

「何ですか?」


 レナはシンジの胸倉を掴み、自分の下へ引き寄せると、シンジの唇に自分の唇を重ねた。驚くシンジ。レナは舌でシンジの唇をなぞる。


 シンジは赤面し、レナから離れる。


「ちょっ、レナさん!?」

「ふふっ、うぶな奴め」とレナは笑う。「今のは私からのプレゼントだ。あっちにいっても、シンジがちゃんと生きていけるようにするための、プレゼント」

「そうなんですか? でも、キスである必要はあるんですか?」

「どうだろうね?」


 レナは艶めかしい手つきで自身の唇を撫でた。


 鐘が鳴った。慈愛と清純に満ちた音色だった。その鐘の音を聞いていると、体の内側から力が湧いてくる。


「時間か」

「レナさん。ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとう。私のこと、忘れないでくれよ?」

「はい。レナさんも俺のこと、忘れないでくださいね」

「君のことは忘れたくても忘れられないよ」


 二人は笑い、そして、穏やかな気持ちの中でシンジは目をつむった。

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