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23.杉本菜穂③

 父親のことを知るため。それが彼と話す目的のはずだった。しかし気づいたら、彼と話すことが楽しみになっていた。父親のことを忘れ、彼との話に夢中になる自分がいた。


 彼の名前は杉下真治。出席番号は自分の一個前。背は少し高くて、精悍な顔つき。名前は忘れたけれど、サッカー日本代表に似た人がいた気がする。


 杉下は他の男子と違って余裕があった。常にマイペースで、騒がしい教室でも一人で飄々と本を読み、クラスの話し合いでも積極的に発言することはない。休み時間に教室にいないときもある。だからと言って、コミュニケーション能力が無いかと言うと、そうでもない。人並みの会話ができる。さらに、議論が行き詰まると発言し、それが議論を進めるきっかけになったりする。おじいちゃん先生みたいな奴だった。


 そんな杉下だが、冗談を言ったり、からかったりすると、戸惑うときがある。あのクールな杉下の表情が崩れるのだ。そのときの杉下は可愛かったりする。でも、自分をからかう杉下は可愛くない。杉下は自分にまごまごしていればいいのだ。


 ――それが菜穂の真治に対する評価だった。


 菜穂にとって、真治は仲の良い男友達という認識だった。実際、毎日真治と話していた。でもそこに、恋愛感情は無かった。


 少なくとも、弥恵に言われるまでは、男として意識することは無かった。


 ある日、見たいものがあると言うので、弥恵と一緒に、放課後、アニメショップへ行った時のことだ。弥恵は戦国時代がモチーフのアニメのグッズを眺め、菜穂も隣でグッズを見ていた。菜穂はこのアニメについてよく知らなかった。


 不意に弥恵が言った。


「そう言えば菜穂、少年との間に進展はあったのかい?」

「少年?」

「ほら、少年だよ。菜穂がよく話している」

「杉下のこと?」

「なんだ、わかってるじゃないか」


 弥恵はニヤッと笑う。


「別に、杉下とは、そういう仲じゃないよ」

「ふぅん。それにしては、ずいぶんと仲が良さそうに見える」

「……まぁ、確かに、よく喋るけど。でも」

「なら、質問を変えよう。もしも、少年から告白されたら、どうする?」

「杉下から? そしたら、断るかな」

「本当に? お試しでもいいから付き合ってみないと言われても?」

「……って言うか、何でやえっちは、そんなに私と杉下君をくっつけたがるのさ」

「お似合いだと思うから。あとは、この間の女子会での話を聞いて、三次元の恋愛に興味があるからかな。菜穂も見ただろ? 恋に恋するあの感じ」


 入学式の三日後にクラスの女子で集まって女子会をした。そのとき、弥恵と同じテーブルだった菜穂は、同じテーブルに座った女子たちの恋バナに圧倒されたのだった。


「まぁ、見たけどさ。自分ですればいいじゃんかよー」

「それが叶わぬのだ。我には幸村様がいるから」


 と言って、弥恵は幸村というキャラの人形を抱きしめた。


「いやいや、それはアニメのキャラじゃん」

「アニメのキャラであろうと、我は本気なのだ。だから、我の恋が実ることなどないのだ」

「そんな悲しいこと言わないでさ」

「なら、少年に我が告白しようかな」

「ふ、ふぅん。してみれば?」


 弥恵はにやついた顔で菜穂を眺めた。


「何さ」

「菜穂ってさ、動揺すると手を後ろで組む癖があるよね」


 菜穂は後ろで組んでいた手を慌てて放した。


「まぁ、冗談なんだけど」

「……やえっち、そろそろ怒るよ?」

「ははっ、すまんすまん。それじゃあ、我はこの人形を買ってくるよ」


 弥恵はそそくさとレジへ向かった。


「もう、やえっちったら……」


 菜穂は呆れ顔で弥恵を見送った。性質の悪いいじりだ。私が杉下と付き合うとか、そんなの、そんなの……。


 菜穂は想像してみた。自分と杉下が一緒にデートしているところを。仲良くお喋りをする二人。いやいや言いながらも、何だかんだ自分について来てくれる杉下。あれ? 思ったより楽しそう。


「って、違う!」


 私が杉下と付き合うとか、ありえな……くはないな。


 菜穂はハッとし、顔の火照りを払うように頭を振った。


 その夜、菜穂は中々寝付けなかった。目を閉じると、杉下と二人で一緒にいるところを想像してしまう。ショッピングに行ったり、水族館に行ったり。帰り際に弥恵が見つけた美術館なんかも杉下となら楽しめるかもしれない。


 そうやって想像してにやつく自分に気づき、「うー」と唸る。弥恵が余計なことを言わなければ、こんなにも杉下のことを意識することはなかったのに。

これが恋をするということなのかな?


 菜穂はヘッドフォンをして、流行りの恋愛ソングを聞いてみる。一曲だけではない。何曲も。共感できることもあれば、共感できないこともある。でも、何となく、共感できることの方が多い気がする。


 これが恋? 誰かに相談しようかな? でも誰に相談しよう……。


 父親は言わずもがな。姉はどうだろう。高校時代は家を出るために勉強しかしていなかったイメージで、今も良い男がいないと愚痴るのを聞く。ニャースのメンツは冷やかされるだけだし、かと言って、クラスの他の女子は、言うことが想像できる。


「もう、何で私がこんなにも悩まなくちゃいけないのさ」


 そもそも杉下が悪いという結論に至り、もやもやをぶつけるため、杉下にメッセージを送った。


なほ  : すぎもっちゃんのせいで眠れないんだけどー


 しかし杉下からの反応はなかった。時間的にはそろそろ24時である。眠ったのだろうか。でも自分に反応しないなんて、杉下のくせに生意気だーと菜穂は頬を膨らませる。


 すると、返信があった。


シンジ : 何で、俺のせい?


 菜穂は途端に笑顔になって、返信する。


なほ  : すぐに返信しないから

シンジ : ん? 時系列おかしくね? さっきのメッセージが来る前のやりとりはきれいに完結しているように見えるんだが

なほ  : 細かいことをぐちぐちとうるさいなー

シンジ : あーはいはい。さーせん。で、何?

なほ  : 今何しているの?

シンジ : アニメを見てる

なほ  : アニオタなの?

シンジ : そういうわけではないが、畑山君におススメされてね。付き合いってやつさ

なほ  : 何それ。おっさんみたいこと言って

シンジ : ……おっさんだしな(笑)


 菜穂は穏やかな表情でスマホを眺めた。そこに先ほどまでの悩みは無い。菜穂は真治とのやり取りを通し、思った。明日の放課後、べつに明日じゃなくてもいいけど、杉下と二人で出かけようって。そして、そこで自分の気持ちを確かめようとも思った。

時系列的には9話の直前です。

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