20.結局
翌日。真治は学校をサボり、浦さん雑貨へ行った。ばぁやに会うためだ。美術館や昨日の事故を受け、ばぁやに菜穂の『悪い気』について聞く必要があると思った。
外にジョンはいなかった。扉を開けると、「いらっしゃいませ」と声が掛かる。来訪者が真治であることを認めると、孝四郎は「おや、こんな時間に来るなんて珍しいですね」と言った。
「学校はどうされたんですか?」
「休みました。ばぁやさんから、この前の話の続きを聞きたいと思いまして」
「この前の話? ああ、あの女の子の件ですか?」
「はい」
「何か悪い事でも起きたんですか?」
「浦さんは、一週間ほど前に起こったA美術館の事故や、昨日、高校の前で起きた事故の話を知っていますか?」
「ええ、知ってますよ。話題になってましたからね。もしや、それと何か関係が?」
「はい。実は彼女がその事故の被害者なんです。どうやら、他にも色々なことが彼女の周りで起きているらしく、だから、ばぁやさんに話を聞きたくて」
「なるほど。でも実は、私もばぁやについては知らないことが多いんです。ばぁやは元々、父と仲が良かったんですよ。それで、私も色々と目を掛けてもらっているという感じなので、ばぁやがどこに住んでいるのかとか連絡先とかは知らないんです」
「そう、なんですか」
「ただ、彼女がよくいる場所については知っています。地下鉄の西中村駅で降りてA3番出口からまっすぐ進んだところにある公園にいるみたいですよ。そこでは『猫ばぁ』と呼ばれているとか」と言って、孝四郎はスマホを取り出し、マップを見せた。「ここですよ、ここ」
真治は孝四郎のスマホを見ながら、自分のスマホでも場所を確認した。
「わかりました。ありがとうございます」
「毎日いるというわけでもなさそうなので、いついるかまでは私にもよくわかりません」
「はい。ありがとうございます。すみません、突然来て」
「いえいえ、真治君にはいつもお世話になってますからね」
「俺の方がお世話になっている気がするんですが。それじゃあ、ありがとうございました」
一礼して、去ろうとする真治に、「真治君」と孝四郎は言った。
「ばぁやに聞きたいのは彼女の件だけですか?」
「はい。そうですけど……」
「ふぅん」
孝四郎の探るような視線に、真治は目を伏せる。顔に出ているのか?
「真治君。今日の夜は時間がありますか?」
「はい。ありますけど」
「なら、一緒にご飯でもどうです? ジョンも一緒ですよ」
「浦さん……。ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「はい。なら、夕方ごろ、ここにいらしてください」
「わかりました。それではまた後で来ます。本当に色々ありがとうございます」
浦さん雑貨から三十分ほどで孝四郎から教えてもらった公園に到着した。
公園は住宅街の端にある草木の多い場所で、公園を囲うように木が並んでいる。野球ができるスペースがあって、少し離れた場所に滑り台やブランコなどの遊具が設置され、遊具で遊ぶ子供が見える位置にベンチがある。ベンチは木陰の中にあって、談笑する初老の女が三人いた。ばぁやはいない。
真治は女たちへ歩み寄り、声をかけた。
「こんにちは」
こんにちは、と女たちは柔和な笑みを浮かべ、答えた。
「少しお聞きしたいことがあるんですけど、こちらに『猫ばぁ』って方はいらっしゃいますか?」
「猫ばぁ? ああ、猫さんのことね。今日は、いないみたいね」
「なるほど。いつならいるとかって、わかりますか?」
「さぁね。私たちもいつもここにいるってわけじゃないからね」
「そうですか……」
「ごめんねぇ、力になれなくて」
「あ、いえ、そんなことは」
「ん? あれってもしかして、ミケちゃんじゃない?」
4人の下へ歩み寄る一匹の三毛猫がいた。三毛猫は4人の前に来ると、「にゃあ」と鳴いた。
「あ、もしかしたら、この子なら、猫さんがいる場所がわかるかもしれない。この子、猫さんの友だちなの。ね? ミケちゃん」
にゃあ、とミケは鳴く。
真治は訝しむように猫を見た。
「この子ね。頭がいいの。多分、人間の言葉を理解しているわ。だから、きっと、猫さんの所にあなたを連れて行ってくれるわ。ね、ミケちゃん?」
ミケは肯定するように、頷いた。ほら、人間の言葉がわかるの、と女たちは微笑む。
「へぇ、なるほど。確かに、この子は人間の言葉を理解しているようだ」
ミケは歩き出した。途中で止まり、振り返る。ついて来い、と大きな瞳で語る。
真治は3人に感謝の言葉を述べ、ミケを追いかけた。
公園を抜け、住宅街へ進む。2個目の十字路を過ぎたところで、真治は眉をひそめ、辺りを見回した。
「なぁ、ミケと言ったか。お前、本当に猫なのか?」
ミケは振り返り、甘えるような顔で「にゃあ」と鳴く。肯定しているように見えた。
「そうか」
しかし真治は、この猫が『ただの』猫ではないことを感知したときから気づいていた。そして今から自分が行く場所、と言うか、すでにいる場所が、『普通』の場所じゃない事にも気づいている。住宅街といっても、遠くの喧騒が聞こえたりするものだが、全くの無音。【気配感知魔法】を発動しても、感知できる人間は一人だけだ。そして今、その一人の下へ向かっている。
公園に戻ってきた。先ほどと同じ道を通り、木陰のベンチへ。そこにいたはずの3人はいなくなっていて、代わりに、全体的にパープルな老婆が座っていた。ばぁやである。
「ご苦労さん。ミケ」
ミケは短く鳴き、ばぁやの膝の上に跳び乗ると、そこで丸くなった。ばぁやは労わるようにミケの毛を撫でた。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ。あの娘のことで聞きたいことがあるのだろう?」
「そうです」
「立ち話もなんだ。取りあえず、座んな」
真治は頷き、ばぁやの隣に腰掛け、ばぁやが話し始めるのを待った。
「あの娘についていたものについてなんだが……端的に言えば、あれは『呪い』だ」
「呪い?」
「うむ。しかも、様々な呪いが相まって、非常に強力な呪いを形成しておる。おそらくあれは、彼女が、と言うよりも、彼女の親族が大きな怨みを買ったのが原因だとばぁやは考える。末代まで呪ってやる、そういった強い意思をあの呪いからは感じとった」
「……心当たりがあります。多分、彼女の父親が原因だと思います」
「そうか。やはり」
「その呪いは、どうやったら解けるんですか?」
「普通なら、それ相応の場所で御祓いすれば、何とかなるが、あれほどの規模になると、下手に手出ししない方がいいかもしれん。地雷原の中で埋蔵金を探すようなものだ」
「……解くことができないんですか?」
「今はな。ただ、いずれ、呪いを解くチャンスが訪れるだろう。そのときまで待つしかない」
「待つしかない? では、それまで、菜穂は呪いによる脅威にさらされると言うことですか?」
「だから、ばぁやは、言い方は違ったかもしれんが、お前さんが彼女を守れ、と言ったろ?そして、お前さんは、ちゃんと彼女を守っていた。違うか?」
「まぁ、そうですけど……」
「それが聞きたいことの2つ目か?」
「え?」
「来たときから、お前さんが、呪い以外のことでも悩んでいることがわかった」
想像以上に顔に出てしまっているんだな。真治は苦々しく思いながら言った。
「確かにばぁやの言う通り、俺には今、悩んでいることがあります。それは、俺が表面的なことでしか彼女を助けられないということです。金の球のオブジェやダンプが突っ込んできたり、自転車のブレーキが壊れたくらいのことだったら、俺はいくらだって対応できる。でも、彼女が精神的な救いを求めてきたとき、俺は何もしてあげられない。俺は、彼女の精神的な支えになることができないんです」
「どうして? どうして精神的な支えになれないと思うんだい?」
「彼女の求めているものに応えることができないからです。俺は、彼女を大事に思っている。でもそれが、『愛』とか『恋』とかそういう類のものであるとは簡単に結論付けたくないんです。俺は、昔、色々あって、人の愛し方を忘れてしまったから。でも、彼女は、俺が彼女を助ける理由として『愛』や『恋』を求める」
「ほぅ。どうして、そう思うんだ? あの娘が『愛』や『恋』を求めている、と」
「告白されたからですよ、彼女に。あのときの彼女は嘘を吐いている人間の顔じゃなかった」
「なるほどな。……と言うか、話を聞いていて思ったんだが、お前さん、年齢はいくつだ? ずいぶんと大人なことを言うなぁ、と思って」
「15です。……戸籍上は。でも、本当は45なんです」
「ほぅ」
「只者ではないお婆さんだから話しますけど、実は俺、一度こっちの世界で死んでいるんです。死んだ後、異世界に転生して、そして、魔法が使えるこの若い肉体を手にいれたんです」
「それは興味深い話だな。なるほど。お前さんから感じるその力には、そういった理由があったのか。……一つ、話の流れとは関係ない疑問があるんだが、いいか?」
「はい」
「お前さんの精神は45歳で、肉体は15歳ということでいいんだよな?」
「はい」
「その体で勃起とかするのか? ムラムラとかは?」
「勃起とかムラムラ? ……考えてみれば、全然そういうの無いですね」
「精神が完全に肉体を支配しているわけか。面白い。……おっと、今のはただの好奇心だ。で、愛し方がわからないお前さんが、どうすれば愛を求めるあの娘の精神的支えになることができるか? だったな」
「はい」
「難しい質問だ。だからお前さんの問いに対し、ばぁやは明確な回答を示すことはできないが、ばぁやならこうするという話しをしよう。ばぁやなら、自分の思いをしっかりと伝え、理解してもらえるように行動する」
「……やっぱり、それしかないんですかね」
「ばぁやなら、そうするというだけの話しだ。他の人に聞いたら、違う回答が得られるかもしれんぞ」
「なら、お婆さんは、どんな言い方をすれば、相手に思いをしっかりと伝えられて、そして、どういった行動を示せば、相手に理解してもらえると考えますか」
「そんなのは状況によりけりだから、この場では何とも言えん。冷たい言い方に聞こえるかもしれんが、自分で考え、自分で行動するんだな」
真治は悩ましい顔つきで、滑り台を眺める。自分で考え、自分で行動する。やはりこの世界では、当たり前のことを当たり前のようにしなければいけないのか……。
真治はため息を吐いた。肺にたまったものをすべて吐き出すような深いため息だった。
「失望したか? お前さんの問いに答えられないばぁやに」
「いや、むしろ、感謝しています。俺の話しを聞いてくれて。俺は結構、特殊な事情を抱えていますから、悩みを話すことができる人がいませんでした。だから、ただ抱えるしかなかったんですけど、お婆さんに話すことで、心が軽くなりました。やっぱり、誰かに悩みを話すって言うのは大事なんだなと再認識しました」
「うむ。それも大事なことよな」
「それにもう一つ、再認識したことがあります。それは、この世界では、しんどいしんどい言いながらも、歯を食いしばって生きていかなきゃいけない、ということです。正直、彼女に対し、どんな対応すればいいか、さっぱりわかりません。でも、わからないと言って、足踏みしているわけにもいきません。だから俺は、わからないながらも、模索して、やっていくしかないんだなって」
「まぁ、そうだな。何でもかんでも、答えがあるわけじゃないからな。でも、そんな風に考えられるなら、そんなに悩まなくてもいいのでは?」
「……俺は多分、楽をしたかったんですよ。30年、この世界で生活して、色々苦労して、今みたいな考えを持つようになりました。でも転生してからの15年は、そういった苦労が全然ありませんでした。最初から、敵を圧倒できるだけの魔法が使えましたし。まぁ、最初からできたと言うと語弊があるんですけど、だから周りには修行とか言っていたんですが、それは周りの志気を下げないための方便で、本当は部活程度の軽めの訓練で、簡単に手に入れることができました。そしてあっちの世界でも、人間関係の煩雑さはあったんですが、周りに頼れる人間がたくさんいたんで、彼らに全部任せて、俺は子供らしくのほほんと生きていました。最後は勇者としてのプレッシャーから逃げましたしね。だから、こっちの世界に帰ってきたときも思ったんです。あっちの世界みたいに、楽に物事を進められないか、って。でも、それができる世界じゃないし、環境じゃないんですよね。だから、そうですね、簡潔に述べるとしたら、彼女への対応を通し、この世界の理を受け入れるかどうかで悩んでいたって感じです」
「ふぅん。なるほどな」
「世知辛い世の中に帰ってきました」
「でもだからこそ、面白い世の中なのだよ」
「俺も早く、その境地にたどり着きたいですよ」
「なぁに、すぐになれるさ」
真治は苦笑する。世の中をポジティブに捉える。それもまた、大事なことだ。
ばぁやは真治を一瞥し、ふっと笑みをこぼす。
「今、おっさんの顔になってたぞ」
「え、ピチピチの15歳なんですが」
「でも、さっきよりは良い面構えだった」
「……歳は取るもんですねぇ」
「お前さんの中で、何か覚悟みたいなものができたのだとしたら、それはいいことだ。中途半端な気持ちでは、あの娘は救えないからな」
「はい。覚悟はできました」
「そうだ、あの娘について、一つ思い出したことがある。『厄介者』には気を付けろ」
「厄介者?」
「他の呼び方もあるかもしれんが、ばぁやはそう呼んでいる。他者に対する強い怨みによって異能の力を手にした連中さ。やつらは凶悪な内面を有し、異能を使って人を殺すこともいとわない。倫理観の欠片もない連中で、だから、厄介なのさ。そしてあの娘の呪いの中には、そいつらを惹きつける呪いもある」
「異能の力……。具体的な、何か、力とかってあるんですか?」
「それは個人によって違う。ただ、一人につき、一つの能力があるようだ」
「なるほど。なら、手数としては俺の方が多いわけですね」
「だが気を付けろ。やつらはスペシャリストだ」
「わかりました。肝に銘じます。ちなみにお婆さんは――」
そのとき、電話が鳴った。真治はポケットからスマホを取り出し、画面に表示された名前を見て、たじろぐ。菜穂だった。
「出なくていいのか? さっきの覚悟とやらはどうした?」
「出ますよ」
真治は立ち上がり、少し離れた場所へ向かおうとする。
「少年!」とばぁやから声が掛かった。「ボーイズ、ビイ、アンビシャスだ!」
少年ではないんだけど、と思いつつ、真治は頷き、通話ボタンを押した。
その瞬間、世界が変わるのを感じた。喧騒が蘇った。辺りを見回すと、ばぁやの姿はなく、ベンチには3人の女が座っていた。
「……もしもし、真治?」
ばぁやは一体何者なのか。謎は深まるが、それが面白い。異世界でも出会ったことがないタイプの『不思議』だ。
「真治? ……無視しないでよ」
おっと、とスマホに目を向ける。今は別のことに興味を向けている場合ではない。菜穂とどんな風に向き合えばよいか、それはまだわからないけれど、きっとそれは菜穂だって同じかもしれない。だから、今の自分がすべきことは菜穂と話すことだ。
真治は真剣な顔つきで咳払いし、スマホを耳に当てた。
「あ、もしもし。ごめん、無視したわけじゃないんだ――」
地名などは、モデルがある場合はそれをもじった名前、特にモデルがない場合は無難な名前をつけます。




