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16.心の中のイケメンを信じろ!

「何だ、いたのか」


 真治はわざとらしく驚く。


 菜穂はぷいっと踵を返し、一人で歩き出した。


「ちょっと、待ってよ」


 真治は慌てて隣に並ぶ。このお姫様の機嫌はどうすれば直るのか。不機嫌な横顔を一瞥し、思案する。


「ずいぶんと楽しそうにしてたね」

「見てたのか。ってか、べつに楽しくはなかったよ。相手のこと、よく知らんし」

「きれいな人だったね。あの人、五組の武森さんでしょ? 良かったね、あんな人に、こ、告られて」

「いや、告られてないし」

「なら、何の話をしていたのさ」

「何か、俺と仲良くなりたかったらしい。だから、これからよろしくみたいな、そんな感じの話をちょっと」

「それって告白じゃないの?」

「告白ではないだろう。あんなのが告白だって言うんなら、この世の中にモテない男子なんて存在しないね」

「……何で、武森さんは真治と仲良くしたいのさ」

「何でだろうな。知らん」

「何で聞かないのさ!」

「何でって、そりゃあ、聞く暇がないからさ。菜穂さんとの約束があったし」

「何それ、私が悪いみたいじゃん」

「ごめん、べつにそういう意図があって、言ったわけじゃないんだ。誤解があったなら謝るよ。ただ、俺は、菜穂さんとの約束の方が大事だったから、優先したんだ」

「…………ふぅん。どうだか」


 皮肉的な調子ではあったが、振り上げた剣を下ろしてくれたようだ。良かった。


「で、他に何を話したの?」

「他に? 他にはとくに……」

「私の名前が聞こえたんだけど」


 地獄耳か。菜穂の追及するような目つきに真治はまごつく。ここは誤魔化さない方が良いかもしれない。


「その、聞かれたんだ。菜穂さんとどんな関係なのかって」

「それで、何て答えたの」

「ただの友だちだって」


 菜穂が立ち止まる。俯き、スカートを握った。その姿を見て、真治は自身の失態に気づいた。まずい。迂闊な言葉のチョイスだった。


「あ、いや、でも」

「……帰る」

「え? 帰る?」

「帰る」

「行きたい所があるんじゃ」

「武森さんとでも行けば?」


 いや、そもそもどこに行きたいか知らんし、と思ったが、そんなことを口にできる状況ではない。


「真治の馬鹿。嘘つき」


 菜穂に睨まれる。その目は少し赤かった。


 馬鹿と言われる筋合いはないし、嘘つきと言われる筋は無い。真治はムッとしたが、苛立つ菜穂を前に言葉が出なかった。


 菜穂は足元のゴミを踏みつけるような足どりで歩みだした。真治はちょっと待ってと追いかけようとしたが、光りが目に入って、煩わしそうに目を向ける。物陰に潜み、コンパクトミラーをこちらに向ける女生徒がいた。彼女は確か菜穂の友だちの弥恵だ。


 弥恵はコンパクトミラーを閉じ、手を交差させた。追いかけてはいけない、という意思表示のように見える。何か考えがあるのか? 真治は菜穂のことが気になったが、今の自分ではどうしようもない。しかし菜穂の友だちである弥恵ならば、何とかできるのかもしれない。真治は弥恵を信じ、その場に残った。





「いやぁ、少年。これは中々にまずい状況になりましたなぁ」


 菜穂が見えなくなってから、弥恵が真治に歩み寄る。心配しているような、しかしこの状況を楽しんでいるようにも見える顔で。弥恵はこけしヘアの小柄な女生徒だ。


 真治は菜穂が消えた校舎の方を見ながら、「ああ」と答えた。


「菜穂のことなら心配するな。今、我が盟友たちがフォローしている」

「そうなんですか? ありがとうございます」

「まぁ、我らにも非があるからな。うっかり、菜穂に武森さんとの密会のこと喋っちゃったし……」

「何で知ってるんですか?」

「トイレで武森さんが話しているところを、盟友が聞いたのさ。それより少年。少年は今、どうすれば、菜穂の機嫌を直せるか考えているに違いない。そうだろう?」

「そうです」

「なら、簡単なことだ。菜穂を丘の上の神社に連れて行けばいいのさ。チャリで」

「チャリで? 何で?」

「女の子は、男が自分を乗せて坂道を上るのに憧れるのさ」

「本当ですか?」

「現役のJKの言うことが信じられないと言うのか!」

「……信じます。でも俺、チャリ持ってませんよ」

「案ずるな。私についてきたまえ」


 真治は弥恵の言葉に従い、ついて行った。


 歩きながら、真治は弥恵に質問した。


「弥恵さんのそれって、素なんですか?」

「素とは? 何のことだ?」

「いや、何でもないです。気にしないでください」


 今の高校生は変わっているんだな、と思った。


 弥恵は駐輪場の前で止まり、「ここになら、たくさんのチャリがある」とドヤ顔で言った。


「盗めと? 神社に行く前に他の場所で禊を済ませることになりそうだ」

「はっはっはっ、冗談だよ。我のチャリがある。ちょっと待ってろ」


 と言って、弥恵が持ってきた自転車は黒のママチャリだった。荷台に革のクッションが括りつけられているという点を除けば、普通のママチャリに見える。


「クッション装備ですか」

「そうだ。言ったろ? 女の子は男が自分を乗せて坂道を上るのに憧れるって」

「それは、弥恵さんが憧れているだけでは?」

「あぁん?」

「……なんでもないです。ありがたく、使わせていただきます。でも、何で丘の上の神社なんですか?」

「今日、話題になってね。菜穂が興味を示したんだ」

「なるほど」


 真治は自転車のそばに立ち、サドルを握った。この自転車で菜穂と丘の上の神社に行く。漠然とその状況を想像した。


「少年に対し、我からアドバイスがあるとしたら、少年はいささか真面目すぎるように思う。我に対する対応を見てもな。軟派になれとは言わないが、男としての魅力を上げたいのなら、もう少しチャラくてもいいんじゃないかなって思う」

「もう少し、チャラく」

「そうだ。ある男が言っていた。心の中のイケメンを信じろ、と。心の中のイケメンを信じれば、少々強引でも、意外とうまくいったりするってな」

「へぇ……」


 真治は目を閉じ、自分の胸に手を当て、心の中のイケメンに問いかける。お前はどんなイケメンだ?


 幾ばくの問いかけの末、真治は目を開ける。先ほどよりも、その顔は引き締まって見えた。


「……ありがとう、弥恵。俺、頑張ってみるよ」

「何、急に。馴れ馴れしいんだけど」

「えぇ!?」

「なーんてね。冗談だ。そこでブレてはいけないぞ、イケメン!」

「あぁ、そうだな」


 真治は颯爽と自転車にまたがる。


「少年。菜穂は正門に向かわせる。だから、正門の前で菜穂を立て」

「わかった。何から何までありがとう」

「感謝するのはまだ早い。すべてを成し遂げてから、感謝しな」

「そうだな」


 それじゃあ、行ってくる。と真治は勇ましい顔でペダルに足を掛けた。

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