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15.宏子

 ホームルームが終わると、真治は鞄を持って、校舎裏に行った。菜穂とは正門前で集合することになっている。


 校舎裏にはまだ、武森と思しき女生徒の姿は無かった。真治はスマホを確認する。国語が終わった後に寺田へ送った、『武森さんに、終ったら早く校舎裏に来るよう伝えてくれないか?』というメッセージには『わかった』との返信がある。あとは寺田を信じて待つしかない。


 真治が校舎裏へ来てから一分。校舎裏へ近づく三つの気配を感じた。そのうちの二つに、真治は心当たりがあったから、残りの一人が武森ということだろう。寺田はちゃんと伝えてくれたみたいだし、武森はお願いをしっかり聞いてくれる良い人であるようだ。


 一つ目の気配が校舎裏に到着する。寺田だ。寺田は二階の非常口を開け、校舎裏に面した非常階段の踊り場に身を潜める。そして二つ目の気配。建物の角から堂々とした振る舞いで現れる。艶のある黒髪と涼しげな目つきの綺麗な女生徒。彼女が武森か。そして三つ目の気配は、非常階段近くの壁に潜んでいる。――菜穂だ。


 真治は菜穂のことを気にかけつつ、武森を迎える。武森は、真治の前に立ち、「こんにちは」と微笑む。


「こんにちは。えっと、武森さんですか?」

「ええ、そうよ」

「二組の杉下真治です」

「知ってるわ、そんなこと。私が呼びだしたのだもの。変な人ね」


 武森はくすっと笑う。


「それで、えっと、仲良くなりたいってことだったけど」

「そう、焦らないで。私にも自己紹介させて。私は武森宏子。私のことは、宏子って呼んで、真治君」

「わかりました」

「あと、その硬い言葉遣いも禁止」

「……わかった」


 宏子の次の言葉を待つが、宏子はニコニコしたまま立っていた。こちらから話しかけた方が良いのだろうか。


「んで、俺はどうすればいいの? 実はその、この後、用があるから、早くしてもらえると嬉しいんだが」

「さっき、私は何て言った?」

「え?」真治は考える。「……特に気になるようなことは言ってなかったけど?」

「仕方ない。今回はチャンスをあげるわ。私は宏子と呼んで、と言ったの、真治君」

「宏子、さん」

「宏子。よ、真治君」

「……宏子」

「これから、よろしくね。真治君」


 宏子は満面の笑みを浮かべる。


  何だ、この女。何がしたいんだ? 真治は宏子の意図がわからず、戸惑う。ふと、真治は既視感を覚えた。宏子のことをどこかで見たような気がする。思い出せないが、どこかで彼女を見た。どこで見たんだっけ……。


「で、この後、用があるって言っていたけれど、寺田はそんな風に言っていなかったわ。むしろ、早く一緒にお茶に行きたいから早く来いって言ってる、って言っていた」


 寺田ぁ。正直、それほど親交があるわけでもないので、見捨てても支障はないが、一応、助け舟を出しておくべきか。彼にも色々あるのだろう。


「ああ、すまん。それは寺田のせいじゃないんだ。俺の伝え方が悪かったんだ。だから、あんまり寺田を責めないであげて。そうだ、連絡先を交換しようぜ。そしたら今度は、そう言った、意思疎通のもつれ、みたいなもんは起きないだろう?」

「優しいのね。それに意外と積極的」

「べつに積極的というわけではないが」


 真治はスマホを取り出し、QRコードを提示した。宏子はQRコードを読み取った。


「ありがとう。嬉しいわ」


 微笑む宏子を見て、真治はこそばゆさを感じる。感謝されるようなことをした覚えはない。それに、連絡先を交換したのには理由がある。時間が来たら、流れをぶったぎることが可能だからだ。「後で連絡して」と言えば、何とかなるだろうと思っている。


 時間を確認する。時間的にはあと一分が限界か。しかし菜穂がそばにいるので、二分はいけるかもしれない。


「寺田から聞いているかもしれないけど、私、真治君と仲良くなりたいの」

「うん。良いよ」

「本当? それじゃあ、お茶とかに誘っても良いの?」

「いいよ、俺が暇だったら。別に断る理由もないし」

「良かった。でも、杉本さんに怒られないの?」

「菜穂さん? 何で?」

「だって、二人は付き合ってるんでしょ? 二人でいるところを見かけるし」

「いや、付き合ってないよ。ってか、寺田は言ってなかった?」

「寺田は信用できないから。でも、そっか。付き合っていないんだ。それじゃあ、杉本さんとはどういう関係なの?」

「……ただの友だちかな」

「ふぅん。そうなんだ。それは良かった。それを聞いて、安心した。でも、今日のその用事ってもしかして、杉本さんと何か?」

「うん、まぁ」

「ふぅん。そうなんだ。それじゃあ、全然良くないわ。安心なんてできない」


 真治は時計を確認する。そろそろ時間だ。この辺で別れるのがベストな気がする。話の流れ的にも。


「それじゃあ、宏子。俺、行くから」

「え、行ってしまうの? 私はもっとお話ししたいのに?」

「また今度な」

「……わかった。あんまり、真治君を困らせたくないもの。その辺、私は聞き分けの良い女の」

「ありがとう。んじゃ」

「さようなら、真治君」


 真治は宏子に背を向け、歩き出す。


 非常階段そばの壁に菜穂はまだいる。そこで菜穂と合流することにした。気づいていなかった様に振る舞って。真治は振り返る。真治に向かって手を振る宏子がいた。おそらく菜穂が潜む壁は、宏子からは角度的に見えない。だから彼女に、何かしらの小細工をする必要はないだろう、と思った。


 真治も軽く手を振り返して、非常階段のところから校舎側に向かって曲がった。


 そしてそこに立っていた。むくれた顔の菜穂が、壁に背中をつけて、真治を睨むように。

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