12.45歳?
菜穂と店の近くに設置されたテーブルでアイスを食べていたときのことだった。
菜穂のスマホが鳴った。菜穂はスマホを手にとり、眉をひそめた。
「どうしたの?」
「パパからだ。何だろう? ちょっと、ごめんね」
菜穂はその場から離れた場所で電話に出た。
真治はアイスを食べながら、菜穂を待った。二三分経っても、帰ってこないから、目を向けると、口論しているようだった。菜穂の顔が苛立っている。
何か問題が発生したのか? 真治は心配そうに眉根をよせる。
菜穂が戻ってくる。先ほどまで、ニコニコしていたが、今はむっとしている。席に戻るなり、「最悪」と口をとがらせた。
「何か、あったの?」
「パパが、昨日のこと、私が美術館にいたことを、今頃になって知ったらしく、それでいつもの、『何か悪いことをしたのか』って。ひどい父親だと思わない? 普通、娘の心配をするでしょうが」
いまいち状況はわからないが、真治は取りあえず頷く。
「確かに。ひどい父親だ」
「はぁ、マジで何なんだろう。あの人……」
真治は何と声をかけるべきかわからず、小さくなってアイスをつついた。初めて二人を見たときは和やかな雰囲気に見えたが、色々複雑な事情があるようだ。
「これ、あげる」
菜穂がアイスの入ったカップを真治に寄せる。
「え? いらないの?」
「何か、そんな気分じゃなくなった」
「ふぅん。ありがとう」
真治はアイスを受けとり、菜穂を一瞥する。
菜穂は物憂げな表情で目を伏せ、思案している。そんな彼女に、何と声を掛けるべきか、やはり、わからなかった。
思えば45年間、人の悩みに真摯に向き合うということができなかった。自分に相談する人が少ないということもあったが、それはきっと、悩みを相談する価値がない相手だと思われているからだ。そして、その評価は正しい。数少ない相談に対し、的確な返答をすることができなかった。いつもみんな、「ありがとう」とは言うけれど、それ以降、自分に相談することはなかった。
「45年、生きてきたんだけどなぁ」
真治はぼやく。圧倒的な暴力じゃなくて、対話で人に勇気を与える、司教みたいな力が欲しいと思うことがある。
その思いが今、強くなっている。
菜穂への電話があってから一週間。あれ以来、菜穂は元気がない。真治が話しかけると、ちゃんと笑顔で対応してくれるが、その顔には影があって、自分の抱える悩みを話そうとはしなかった。
やはり俺は相談するに値しない男なのだろうか。年齢に比例しない自身の精神的未熟さに、真治はため息をもらした。
「焦りすぎだと思いますよ」
その声に耳を傾ける。ラジオの人生相談のコーナーだ。たまたまつけていたら、自分と同じように、最近仲良くなった友だちが悩んでいるが、その悩みを話してくれないことを嘆いているリスナーがいた。
講師は言う。
「あなたたちはまだ、出会って間もないんでしょう? なら、あなたは、まだまだその友だちのことを理解していないでしょうし、あなたの友だちもあなたのことを理解していないんだと思います。だから、今は焦らないで、ゆっくりと互いのことを理解して、信頼関係を構築すべきだと思いますよ」
良いこと言うなぁ、と思った。
確かに、自分は菜穂のことをよくわかっていないことに気づく。出会ってまだ一ヶ月。菜穂の父親が杉本であることは知っているが、他の家族についてはよく知らない。菜穂は肉や魚が好きなことは知っているが、どんな料理が好きかは知らない。バニラが好きと言っていたけど、他に好きな味はあるのだろうか。二人で出かけたりして、仲が良いと思っていたけれど、まだまだ知らないことの方が多い。
「焦らないで信頼関係の構築を、か……」
そして真治には、もう一人知るべき相手がいた。杉本だ。昔の杉本、それこそ、自分をいじめていたころの杉本についてはよく知っている。しかし入学式で出会った、あの変貌した男については全く知らない。あの男の現状を理解することが、菜穂を理解する上で重要なのか。だとしたら、昔と変わらないところがある。
「あいつはいつも俺を苦しめるな」
真治はラジオを消し、ベッドに入った。目をつむり、考える。これからのこと。菜穂とどうやって信頼関係を構築するか。杉本の現状をどのようにして調べるか……。




